Category : フランスの男と女

愛すべき(?)男たち

親友のアダムとご飯を食べる。前回、枝豆の皮まで食べた人。同じレストランに行ったので、食べる前に言わなくちゃと思ったら、既に遅し。皮はなくなっていた。
「画期的なことがあった」とアダム。
彼と奥さんのカリーヌは、結婚記念日じゃなくて出会った日を祝うことにしているんだって。もう何十年も。
「プレゼントを探して歩いていたら、Pont Louis Philippe通りで日本ブティックを見つけた。そこで素敵な浴衣を買ったんだ。
“出会った記念日”にプレゼントをテーブルの上に置いたら、カリーヌがびっくり仰天するんだ。開けないうちに。そして僕へのプレゼントをその横に置いた。なんとそれが同じ店で買った浴衣!」
「それはスゴイ・・・」
問題の店は草分け的な日本グッズの店、KIMONOYA。センスがよくて、私も時々プレゼントを買う。
でも、アダムもカリーヌもその店を知らず「たまたま見つけて入った」というのがスゴイ。

久しぶりに会う友人ブリューノと一杯飲んだ。と言っても、彼は「目下酒抜きダイエット中」なのでトマトジュース。
「そういえば去年会ったときも酒抜きだったじゃない」
「一年に一度するから1年ぶりだ。君はデヴィッド・ボウイの話ばかりしてた」
「じゃ1年以上だ」と私。
彼とは本と音楽の趣味が似ている。
「この前、真っ青なことがあった」とブリューノ。
彼は妻子持ちで息子さんはうちの娘と確か同い年。ある夕刻、浮気予定の相手と待ち合わせのカフェに行こうとしていたら、歩道でタバコを吸っている息子にばったり。
「息子が〇〇で企業研修をしていることは知っていたけど、住所を知らなかった。それが待ち合わせのカフェの隣だったんだ」
「アララ・・・“パパ、ここで何してんの?”って?」
「まさにその通り!とっさに“何だと思う?”って答えて時間を稼ぎ・・・」
「“君を迎えに来たんだよ”とか?」
「“君の職場を見ようと思って”。そしたら、クール!って喜んで、一緒に帰るハメになった」と大笑い。
「でもその時は冷や汗もんだった。彼女はすっぽかしたし」
悪いことはできないってこと・・・



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本宅と愛人宅の二重生活は14年間、ミッテラン大統領が亡くなるまで続く。アンヌは大統領の癌を最初に知らされた一人。癌は脳まで転移していた。
亡くなる日も彼女が付き添っていて、容態が悪くなったので主治医を呼んだ。最後を看取ったのはアンヌと娘のマザリン。2時間後、今度は正妻ダニエルの番で、2人は帰った。
遺言執行人はダニエルは「埋葬式に“もうひとつの家族”はどうしましょう?」
ダニエルは「来てほしくない」(ま、そうだろうね)でも相談の結果、大統領の“2つの家族”が出席することに。
大統領の死後、アンヌは無名の人に戻り、2011年の定年まで美術学芸員、ルーヴル美術学校の講師を勤めた。同じ年、正妻のダニエル・ミッテランが亡くなる。

ダニエルもよく我慢したと思う。
彼女とフランソワ・ミッテランが出会ったのは1944年の初め。ダニエルは17歳からレジスタンス活動に加わり、両親はマキ(レジスタンス活動員)を匿っていた。パリのレジスタンス活動を指揮していたフランソワは、ブルゴーニュに逃げなくてはならなくなり、ダニエルが逃走を助けることに。列車の中で、ダニエルはフランソワの恋人の役を演じる。列車が目的地に着くころ、お芝居は現実になっていた。同じ年の10月に2人は結婚する。映画になりそうな話!

17歳からレジスタンス運動をしたくらいだから政治に関心が強く、その能力があったダニエルは、第三世界援助の運動家になる。

ミッテラン大統領夫妻

81年、フランソワ・ミッテランが大統領になってから、ダニエルは「飾り物になるのはいや」と、エリゼ宮に自分のオフィスを作らせた。
夫の心は愛人に奪われても、自分の政治活動のために“大統領夫人”の椅子には固執したんだろう。

ミッテランの生誕100年でもあり、『アンヌへの日記』と『アンヌへの手紙』の2冊がガリマール社から出る。
前者は新聞の切り抜きやメトロのチケットが貼り付けられ、初めて恋をしている青年のよう。“権力と秩序の人間”だったミッテランから想像もつかない。
どちらもアンヌに宛てたもので、彼女も73歳になって(↓)大統領との半生を日向に出したいと思ったんだろうか?

ミッテラン大統領の愛人

本を読んだ文芸評論家は「メタフォールを使い、文才がある。フランス語を大切にする最後の大統領だった」
そしてカリスマのある最後の大統領だった。
スクーターで愛人宅に駆けつけるとこを写真に撮られるようなドジもしなかった。
大統領選に向けて、候補者が次々に本を出しているけど、それを凌いで売れそうだ。

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元大統領の熱烈な恋文

1996年1月、フランソワ・ミッテラン大統領のお葬式に、隠し子マザリンとその母親アンヌ・パンジョが参列した。
左から本妻ダニエル、息子ジャン=フランソワ、マザリン&アンヌ・パンジョ、息子ジルベール

ミッテラン元大統領、愛人げの恋文
photo:MAXPPP

元大統領に愛人がいたことは既に公然の秘密。なにしろ32年続いた関係。その間にミッテランがアンヌに送った1218通の恋文『アンヌへの日記』(『アンネの日記』ではなく!)がガリマール社から出版される。

2人が最初に会ったときフランソワ・ミッテランは45歳、アンヌは18歳!ニエーヴル県会議員だったミッテランはアンヌの両親と知り合いだった。
間もなくアンヌはバカロレアを手にパリへ。「結婚する前に装飾関係の仕事につきたい」
パリに親戚のいないアンヌの世話をミッテラン夫妻が申し出る。2人の恋物語が始まったのは63年、ミッテラン47歳、アンヌ20歳。
『アンヌは私の喜び、私の恩恵、私の希望・・・私の人生に彼女が占める場所の大きさにしばしば驚く』と64年の日記。冷徹で専横な政治人間だったミッテランの知られざる顔、“恋するフランソワ”・・・

「予期しないことだった」とアンヌ。ミッテランは妻ダニエルと別れる気は毛頭なく、アンヌは愛人になる。
「政治的キャリアと家族の大切さのため」とミッテランの友人たちは言うが、アンヌは
「彼はダニエル(妻)を選ぶと決め、彼女を絶対見捨てなかった」
アンヌは日陰で生きていくことを受け入れるが、経済的に自立したかった。
彼女は美大に行き、美術館学芸員の資格を取る。数年後、彼女は19世紀の彫刻の専門家となる。

ミッテランの愛人はアンヌだけではなかった。でもアンヌにとっては「後にも先にも彼だけ。一人の男性を愛し、尊敬するのは最大の幸せ」
それだけに81年ミッテランが大統領になったとき、彼女は“関係の終わり?”と心配した。ところが逆に大統領はセーヌ河岸Quai Branlyにアパルトマンを借り、アンヌとほぼ毎日会うようになる。
大統領は2つの家族の間を行ったり来たり:週末とクリスマス、ロマンチックな夕食はアンヌと、友達との夕食、公的外出、新年はダニエルと。
アンヌは離婚を迫ったことも浮気を咎めたこともない代わり、「子供が欲しい」。
ミッテランは愛人の“唯一の願い”に折れ、1984年にマザリンが生まれる。当時、2人の関係を知っているのはごく近しい人だけだった。

86年、オルセー美術館開館式で。ジスカール・デスタン、ミッテランを案内するアンヌ(赤い服の背中)。ミッテランの熱い視線!

ミッテラン元大統領、愛人げの恋文
photo:AFP

フランスの歴代大統領にはみんな愛人がいて、それは当たり前どころか“男の勲章”。それにしても大統領になった途端、妾宅を設けて二重生活を始めるなんて・・・(続く)

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子供の知能は母親から!

・・・ではないかと日頃から感じていたけど(!)この度、科学的に立証されたんだと。
アメリカの専門誌『Psychology Post』に発表されたとこによると、それは遺伝子の問題(そのぐらい言われなくても):女性はX染色体を2つ持っているけど男性はひとつしかない(お気の毒に)。知能はこのX染色体の中にあるという。
もうひとつ、1994年から13~22歳の子供の行動を調査した結果も、子供の知能程度は、母親の知能指数により影響される、という結果だそうだ。

子供の知能は母親から
Dorce et Gabbanaのデフィレ

フランスのお父さんはよく「うちの子供、知性は僕から、美しさは母親から受け継いだ」といい、おだてているように聞こえて実は自慢しているんだけど。娘が聞いたら「差別的発言!」と怒るであろう。

Elle.frに出た記事は「もちろん、他の要因:環境、愛情、知能の発達を刺激する遊び・・・もある」と認めつつ「女性は笑い、男性は歯ぎしりする」結果と言っている。
でも・・・よく考えると“諸刃の剣”だ。子供の成績がいいとか試験に受かったときは「ほら見ろ」と笑っていられるが、その逆の場合は、父親が「やっぱり」とほくそ笑むことに・・・
現に、子供が悪いことをしたとき、父親は「君の息子(娘)は・・・」、母親も「あなたの息子(娘)ときたら・・・」と相手のせいにするくらいだから。

せっかく科学的に立証されたけど、あまり大声で言わないほうがいいみたい。大体、自分の知能指数なんて覚えていないし。


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「去年の9月から、ひとりの男を待つ以外、私は何もしなかった」で始まるアニー・エルノーの小説。
自分の生きたことをもとにフィクションを書く作家だから、主人公は彼女自身。中年女性の“私”は、あるヴェルニサージュで、在仏外交官の男性と出会い、関係を持つ。それ以来、“彼が電話してきてうちに来るのを待つ”以外のことは意味を失った。

彼女は以前のように、スーパで買い物し、食事を作り、本を読み、レポートの添削をする(彼女は大学の先生)。でも心はここにあらず。出かけても、彼の電話を逃したら大変、と大急ぎで帰ってくる(まだ携帯電話がなかった!)
結婚している彼は、夕食や出張をでっちあげて時間を作り彼女に会いにくる。次の逢瀬はいつかわからない。彼が来たあとは、その余韻や抱擁や言葉を糧に生きる。彼の国のニュースを新聞で読み(彼は外国人)、次に会ったとき言うことをメモし、服やメイクを選び、彼の好きなウィスキーや食べ物を買い、次は、最初にどこでセックスするか想像する・・・

心も身体もその男のためだけに生きていた時期、激しい情熱とそれに伴う苦痛が、全然メロにならず、淡々とした文体で綴られる。最初読んだときは、Passionとは、喜びと苦痛が表裏一体になっていたんだ、と実感し、この夏読んだときは、
『子供の頃、贅沢とは毛皮のコート、ロングドレス、海辺の別荘だった。後に、知的生活を送ることが贅沢と信じた。今では、誰かへの情熱を生きるのも贅沢ではないかと思える』
という最後にはっとした。

『Passion simple(シンプルな情熱)』(1991年)当時

アニー・エルノー『シンプルな情熱』

今は75歳。先日亡くなったソニア・リキエルのニットをよく着ている。

アニー・エルノー『シンプルな情熱』

地方都市で食料品店を営む夫婦のもとに生まれたアニー・エルノー。両親は学歴がなく本も読まないのに突然変異で、文学少女から近代文学の教師になる。その傍ら小説を書きだした。父親、母親のこと、娘時代、恋愛遍歴・・・フランスでは、新作が出れば必ず話題になり、本屋で平積みになる人気だけど、日本ではあまり知られていない。この『シンプルな情熱』は角川から出たけど、絶版になっている。残念。70ページ足らずで、それこそシンプルなフランス語なので、お試しください。


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プロフィール

Author:長谷川たかこ

この国に住もう!と決めたのは13歳のとき。それが実現したのは10年以上経ってから、それから30年の月日が流れました(計算しないで!)
現在フレンチ・コード主宰。訳書多数、著書3冊。夫1人、子供2人、猫2匹と暮らす騒がしい毎日。映画と料理とデビッド・ボウイが趣味。


長谷川たかこ

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