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”元妻”専門家!

テレビで「よりよく離婚するために」というような番組をやっていた。
フランスでは、3組に1組が離婚している。結婚していないカップルが増えていて、彼らの別れは数字に表れないことを考えるとかなり高い率だ。
ヨーロッパで離婚率の筆頭は、チェコ、リチュアニア、エストニアの東欧の国で50%、つまり2組に1組が離婚。次いで、イギリス、デンマーク、ベルギー、ポルトガル(意外!)の10組に4組。その後に、ドイツ、オランダ、フランスが3組に1組だ。

最近の傾向は60歳以上の離婚が増えているそうだ。なぜか?は想像できますよね?
今まで夜と週末しか一緒にいなかった夫が定年退職して、朝から晩まで、毎日一緒にいるのに耐えられないからだ。

さて番組に出演していたのは、離婚専門の弁護士と、自称“元妻”専門家で『よりよい未来のために』という本を出したロザリー・ヴァン・ブリーデンという女性。
この方↓

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彼女はオランダ人、元モデルで、今はジャーナリスト、テレビの司会などやっている(見たことなかった)。
元妻歴は、アラン・ドロンと結婚し別れ、そのあとアラン・アフルルーという有名メガネメーカーの社長と結婚し、去年離婚している。有名人が好きなんだね。
自分の経験から、離婚という“失敗”をいかにポジティブに生き、更なる飛翔(つまり次の相手を見つける)をするかを綴った本らしい。
でも『離婚して落ち込んでいるとき、シャネルのバッグでも買いに行ったら気が晴れる』みたいな、普通の人にはできないことをアドバイスしているので、参考にはなりそうもないけど。

アラン・ドロンって、ロミー・シュナイダーと一緒だったし、その後はナタリー・ドロンと結婚し離婚し、ミレイユ・ダルクと暮らしていた。いつそんな暇があったのかと思って調べたら、このロザリーとは1987年から15年も結婚していて子供が2人いる。
次の相手もアランなので、この名前が好きなのか、と思われる方もあるだろうけど、1940年代、50年代生まれの男性に多いファーストネームだ。その後急激に衰退して、若い”アラン”はお目にかかったことがない。99%がオジサンかオジイサンである。

元夫や元彼と同じ名前の男性と暮らすメリットは、寝言で名前を言っても相手を傷つけないということだ。
フランスは日本と違って、姓は非常に多様だけど、ファーストネームは基本的に聖人の名前なので、バリエーションが少ない。同じ名前の相手に出会うことは至難の業ではない。私の夫が、たかこという女性に出会うほうがよっぽど大変だ・・・


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午後4時半の思い出

ヴォージュ広場の周りの回廊を歩いていたら、ある扉の前に人だかりがしている。2秒くらいかかって、そこがカミーユの通っていた幼稚園だったことに気がついた。4時半に子供たちが出てくるのを待っている人たちだ。幼稚園らしさの少しもない、厳しい建物なので、人だかりがなかったら通り過ぎていた。
懐かしさがこみあげて、立ち止まって見ていると、間もなく扉が開いて、小さな子供たちが出てきた。お母さんやおばあちゃんやベビーシッターに手を引かれて、散っていく。

ecole maternelle

珍しく夫が迎えに行ったとき「カミーユ!今日はおじいちゃんですよ」と先生に言われたと、傷ついていたっけ。

帰りがけによくこの砂場で遊んだ。うちに帰ってお風呂に入れるとお湯が黒くなるくらい砂まみれになった。
どこにあろうと公立だから安いんだけど、カミーユはヴォージュ広場で遊んで帰るという贅沢な幼稚園ライフを送った。

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今でも、先生に引率された子供たちの集団を見かけると、カミーユの姿を探してしまう自分がいる。
実際の娘は、ヒールのある靴を初めて買い、私の洋服ダンスをかき回し、週末は口紅やアイシャドウをつけて喜んでいるのに!


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私の前を歩いている女性は、白いレースのスカートに、青と白のマリンストライプのTシャツ、そして足元はプラチナブロンドに合わせたシルバーのスニーカー。着こなしが素敵、歩き方もエレガントだったので、追い越して振り返ったら、60歳くらいのマダムだった。カッコイイ!

この季節になると毎年、流行にかかわりなく着たくなるのでがマリンストライプ。
60歳マダムに触発されて、評判になっているエクスポ『LES MARINS FONT LA MODE-船乗りは流行を作る』を見にいった。

リヴォリ通りのモードとテキスタイル美術館がやりそうなテーマだけど、トロカデロの海洋博物館が開催。水兵さんの制服の変遷、それがモードに与えた影響が要約されている。

入り口に勢ぞろいした海軍の制服。
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マリンTシャツはゴルチエのトレードマークだけど、サン・ローランやシャネル、山本耀司、カステルバジャックなどが、それぞれインスピレーションを受けていて、流行を超えたドレスやスーツが並んでいる。

ゴルチエのドレス。右のが欲しい!でも身体の線が如実に出るわね・・・
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スクリーンには、マリンをテーマにしたデフィレのヴィデオ、水平さんが登場する映画の代表『ロシュフォールの恋人たち』が流されている。

映画『シャネルになる以前のココ』で、オドレイ・トトウのマリンも見とれた。

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今年は、長めのマリンシャツにスリムジーンズなんてどうかしら?
誰かが追い越して「なんだ、オバサンか」なんて言いそうだけど。


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カンヌ映画祭、閉会セレモニー

昨日の夜『ゴッドファーザー2』のDVDを観た。面白いことはすごく面白いけど、3時間15分は長すぎて途中でウトウト。カンヌ映画祭に行っているジャーナリストの友達のことを思った。1日多くて7本の映画を観なくてはならない、と言っていたっけ。平均2時間として14時間!3時間で寝ていたんでは恥ずかしい。

2週間がもう経ってしまって、そのカンヌ映画祭も今夜が閉会式。
今夜は、清楚な白いアルマーニのドレスの審査委員長イザベル・ユペールが発表する各賞は:

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パルム・ドール:ミヒャエル・ハナケ『白いリボン』。
2001年にイザベル・ユペール主演の『ラ・ピアニスト』で審査員グランプリを取っている。深く暗い心理ドラマが得意な監督。
去年のパルム・ドールはローラン・コンテ『教室』だった。

グラン・プリ:ジャック・オディアール『預言者』。この監督の作品は観たことがない。
1996年に『Un HERO TRES DISCRET』(目立たないヒーロー)で、脚本賞を取ったらしい。

最優秀女優賞は『アンチ・キリスト』(Lars Von Trier監督)のシャルロット・ゲンズブール。すごく酷評された作品の、酷評された役での受賞。濃厚メイクと豪華ジュエリーが多い中で、かえって美しく見えたナチュラルさ。
受賞の挨拶では、審査員、監督、家族にお礼を言った後、亡きお父さん(セルジュ・ゲンズブール)に、「私のこと自慢に思っているでしょ?」
となりは夫のイヴァン・アタル。

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ダイアン・クリューガー、タランティーノ、メラニー・ローラン、アンジェリナ・ジョリー、ブラッド・ピット・・・
とびきり豪華なキャストで話題を集めたタランティーノ『INGLORIOUS BASTERED』
映画の批評はイマイチ。

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こちらもフランスで人気が高いカンヌの常連、アルモドヴァール。
ペネロペ・クルーズ主演の『ETREINTES BRISEES』(破壊した抱擁)が封切りになっていて、評判いいみたいだけど、今年も手ぶらで帰る・・・

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2時間だけ日本

2回満員で、3度目の正直でやっと『歩いても 歩いても』を観れた。フランスでは英語タイトルで『Still Walking』

冒頭から、台所の音、たわいない母娘の会話、野菜を切ったり、枝豆を茹でる手つきにすごい懐かしさを感じた。小さかった頃、料理上手の伯母が、着物に白い割烹着をつけて台所でシャキシャキ料理するのを見るのが好きだった。うちのお風呂場のタイルも壊れてたっけ。
家から外に出て、住宅街の風景や暑そうな日差しやセミの声・・・そういう夏の一日の空気感が息苦しいように伝わってきた。

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それからむしょうにお腹が空いてきた。ミョウガと枝豆の入ったご飯、とうもろこしと海老のかき揚げ!かき揚げなんて自分で作るの難しいだろうな。
おばあちゃん(樹木希林)の、可笑しく時々棘のあるおしゃべりは、冗漫なようでとても味わいがある。フランス語字幕はその味わいを伝えられないので残念。原田芳雄は、「いつになったら出てくるんだろう?」と思っていたら、さっきから出ているおじいちゃんがそうだった!失礼しました。本物はあんな白髪じゃないんでしょう?

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小津の映画に似ているような気がしたし、フランス映画にもこういう雰囲気のがある。
例えば、昨年の作品で『夏時間』。
母親が急に亡くなって、家や遺産の分配で子供たちの家族が集まる。一緒に食べたり飲んだりして思い出を語り合ったり、口論になったり、食事の合間には、主のいなくなった家の中を徘徊してノスタルジックになる。その周りを子供たちが駆け回っている・・・そう、よく似ている。この映画も、子供たちの会話の端々に表れる感情や、いわゆる言外の余情に共感し、家族って何だろう、と思わせた。

日本の、家族の家にいるような気分になった2時間だった。


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思わず釘付けになるCM

シャネルN°5のCMが変わった。
『アメリー』のジャン=ピエール・ジュネ監督とオドレイ・トトウのコンビで、CMというより短編映画だ。
2分30秒の中に、夜汽車で惹かれ合い、すれ違い、イスタンブールでめぐり会う男女の物語が描かれる。
2分30秒の短編映画に4ヶ月かけた。
こちらです。
CHANELN°5

CHANELから「好きなシナリオで好きなように作ってくれ」と言われたそうで、予算も“好きなように”だったらしい。例えば、夜汽車も鉄道博物館にあるのを使ったりしないで、ヴェニスから1950年代のパーツを取り寄せ、それを見本にコンパーティメントを再現した。コンパーティメントがN°5などカメラに映らない細部までこだわっている。

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主演女優に、ジャン=ピエール・ジュネはすぐオドレイ・トトウを考えた。
『シャネル以前のココ』でオドレイがシャネルを演じたからか、と思ったら偶然らしい。
「セリフが全くないだけに、感情はすべては目で、視線で表現される。目の表現力といったらオドレイだ」
アメリーも丸くて大きな彼女の目が印象的だった。

相手の男性は、オーディションで選ばれた全くの素人。「ちょっと女性的な雰囲気で、誠実さが感じられるルックスの男性を探した」。夜汽車での出会いが彼にとって“一夜のアヴァンチュール”ではなく、一目惚れ(ここでは香りに惹かれるわけだから、性格には“一嗅ぎ惚れ”)であることがわかるようにだ。

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一緒に2本映画を撮った気心のしれたコンビ。「オドレイの背中の表情まで暗記している」!?

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夜汽車、船、異国の街角・・・レトロでロマンチックな雰囲気と古い写真のような色調。オドレイの着るシャネルの服(ナイトガウンのベルトを低い位置で締めているのが素敵)、そして、今まで“可愛い”が形容詞だったオドレイがびっくりするほど官能的(彼女はしゃべらないと大人っぽい、ということを発見)、久しぶりに何回も見たくなるCMだ。


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飢餓と戦うマラソン

「ねえ、1枚いくらで何枚買ってくれる?」と中学2年の娘が騒ぎ出したのは1ヶ月以上前。
宝くじ?と思ったら、「Course contre la Faim」、飢えている人たちを減らすためのマラソンだそうだ。
「例えば1枚1ユーロに決めて、私が10km走れると思ったら10枚買って。結局7kmしか走れなかったら、7ユーロ払えばいいのよ。お金は全部、飢えている人たちに送られるの」
競馬はまだやったことがないけど、なんか馬券みたいじゃない。
体育の先生が提案して、娘の学年はみんな参加することに決めたそうだ。
日頃あんまり運動しない娘が10kmも走れる?と思わないでもないけど「じゃ、カミーユに10ユーロ賭ける」と約束。夫も同額を“賭け”た。

これがポスター。
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その後忘れていたら、先週の木曜日、「マラソンは明日!」と興奮している。
「今日は早く寝て、明日の朝は早起きして朝ごはんしっかり食べなくちゃ」
もしかしたらインタビューされるかもしれない(事前に親たちは、子供が写真に撮られたり、インタビューされるのを許可する、という一筆を書かされている)と、着るものもああでもないこうでもないと組み合わせを考え、MP3には新しい曲をいれ、とすごい気合の入れようだ。

翌朝。風邪で休んでいて参加しないと思っていた友達が「一緒に行こう」とやってきた。
「大丈夫なの?走れるの?」「うん、走れるだけ走る」。
子供たちにこれだけモチベーションを持たせた体育の先生は大したもんだ。そういえば、若くてわりとカッコいい。
マラソンは午前中なので、お昼頃「何km走れたんだろう・・・?」と気になった。
夕方電話がかかってきて「10km走れたよ!10ユーロちょうだい!」
リュクサンブール公園の周りを10周。すごい!私は10kmも走れるだろうか?無理でしょうね。
その代わり、クラスのだれもインタビューされなかった、とがっかりしていた。

今年で11回目という「飢餓を戦うマラソン」、去年はフランス全国から16万5000人の中学生が参加し、合計95万kmを走り、220万ユーロを集めたそうだ。
子供たちは、自分が頑張ることで飢えている人たちを救える、という体験ができるし、「食べ物を無駄にしてはいけない」と気をつけるようになるし、1枚いくらで家族や近所の人に“投資”させるというゲームっぽいところも面白い、優れた企画だ。

翌日、娘はおばあさんのような歩き方をしていた。

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『歩いて歩いて』を観ようとレ・アールの映画館に来たらまた満席。“また”というのは、前の週末も入れなかったからだ。
でも、映画を観よう!という心構えで出かけたときは、映画を観ないと満たされないものなので、プログラムを調べて『Je l’aimais』を観ることにした。
私は彼女を愛していた・・・。妻子ある男性がほかの女性を好きになる、というよくあるテーマだけど、原作が売れっ子作家のアンナ・ガヴァルダ。彼女の本は読んだことがないけど、映画なら観てみようか、と。

泣き腫れた若い女性の顔から物語は始まる。何だかわからないけど心理的に大きなショックがあった模様。初老の男性ピエール(ダニエル・オトイユ)が運転して、夜遅くその女性と彼女の子供2人を田舎の山荘に連れてくる。
間もなく、その女性が彼の息子の奥さんで、息子がほかの女性とどこかへ行ってしまったことが判明する。
義父が、彼女の気持ちが鎮まるまで、人里はなれた山の中に連れてきたのだ。
抜け殻みたいになっている息子嫁に、ピエールは“昔話”を始める。
「実は私もほかの女性を好きになったことがあった」
「でも、一緒に暮らすようにはならなかったの?どうして?」

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ピエールは20年以上前、香港であった会議で通訳を務めたマチルドと激しい恋に落ちる。
アヴァンチュールではなく、本当に本気で好きになってしまう。お互いに。
パリで再会しホテルで会うようになるけど、マチルドが欲しいのは、一緒に食器を買ったりご飯を作ったり映画を観に行く、一緒に暮らす生活。彼が夜遅く帰っていくのも耐えられない。
それでも情熱には逆らえず逢瀬を続ける2人。ピエールは無理に出張を作り、旅先に彼女を呼び寄せる。

恋して若々しく見えるオトイユ。
マチルド役はあまり見たことがなかったマリージョセ・クローズという女優さん。
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“心の不在”を感じる家族とは当然うまくいかなくなっていく・・・と書くと、よくある不倫のパターンのようだけど、ダニエル・オトイユが久々にすごくいい。追い詰められた彼の選択と、その結果も説得力がある。

奥さんもなかなか素敵なのにね・・・
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好きになって一緒に暮らすようになり家庭を築いても、ほかの異性に“出会ってしまう”のは起こりうること。
それをどう生きていくかは10人10色だから、飽きもせず、このテーマで小説が書かれ、映画やお芝居が作られる。
この映画は、女優で監督もやるザブーの作品。ちょっとディティールが多くて冗漫な箇所(特にオトイユが“昔話”を始めるまで)はあるけど、核心にはインパクトがあって心に残る映画だと思う。

「人は何人かの人を愛することはできるけど、恋に落ちるのは一生に一度」ルース・レンデルの小説の中に出てきたセリフを思い出した。

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『Coco avant Chanel』“シャネルになる前のココ”は、タイトル通り、有名になるまでのシャネルを少女時代から辿った映画。監督はアンヌ・フォンテーヌ。

ココがタバコを持っているのでイチャモンがついたらしいポスター。そういう重箱の隅をつつく論議はやめてもらいたい。
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ココ(ガブリエル)は、お姉さんと修道院に暮らしていて、毎週日曜日、お父さんが迎えに来るのを待っている。お父さんはとうとうやってこない。

姉妹は居酒屋で歌を歌って、お金を稼ぐようになるが、か細いココの声は酔ったお客たちの話し声にかき消されててしまう。むしろ楽屋裏で、衣装を繕うことにココは情熱を見出す。

酒場のお客の一人、富豪のエティエンヌ・バルサンの邸宅にココは居場所をみつける。妾でもなく下宿人でもなく使用人でもなく、でもそれを混ぜ合わせたような微妙な関係。
バルサンの社交的生活には溶け込めず、かといってほかにいくところもないココ。当時のごてごてしたドレスや、花飾りの帽子を美しくないと感じる彼女は、バルサンのジャケットやシャツを仕立て直し、自分の着たい服を作り出す。

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ココを演じるのはアメリーちゃん(オドレイ・トトゥ)で、このキャスティングを聞いたとき首を傾げた人は多かった。
ココ・シャネルといえば、大人の女の代名詞みたいな女性。一方“アメリー”は、ちょっとロリータっぽいイメージ。ところが、自分のスタイルを持ち、凛として媚びないシャネルのキャラを、オードリー、トゥトゥは再現する。中性的な雰囲気が逆にはまっている。それによく考えれば、シャネルの生い立ちを描いた作品なんだから、少女っぽくっていいわけだ。

お金にものを言わせて専制的で、自分勝手で、でも心底ココに惚れているバルサンを演じるブノア・プ
ルヴォルドがすごくいい。友達の一人、ボーイ・カペルとココが愛し合っていると知ったときのバルサンの顔。自分を“その他大勢”としか思っていなかったココはびっくりして「あなた、嫉妬してるの?」「ああ、恐ろしく・・・」と答えるバルサン。たった一言の、でもとても強烈な恋の告白だ。

3枚目の役が多い俳優。笑わせたあとに、ちょっと寂しさが横切るような雰囲気がある。
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ブティックで行われた初めてのデフィレで物語りは終わる。ラガフェルドも満足したであろう美しいシーン。
この映画が審美的過ぎるという批評もあったけど、偉大なクチュリエの知らなかった時代を見せてくれる作品だ。

2年前の誕生日にもらって、そのままになっていたシャネルの伝記を開くきっかけになった。

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素敵な出会い?

バスで、私の前に80歳くらいのおばあさんが座っていた。シニヨンにした白髪にパールのイヤリング、ピンクのカーディガン、ベージュの手袋。お洒落で素敵なおばあさんだ。
そこへ、同じくらいの年に見えるおじいさんが乗ってきた。するとおばあさんは、手招きして「おかけなさい」と自分の席を譲ろうとした。
おじいさんは、かすかに気を悪くした感じで、
「こう見えてもわしはまだまだ元気、座らなくて大丈夫です」
「あら、そうですか」。立ちかけていたおばあさんは座りなおす。
「わしは84歳ですよ」とおじいさん。
「あら、私は82になりました」
それから、2人が若かった頃、1940年代の思い出話が始まった。しばらくして、2人は同じ停留所で降りていった。
なんだか映画の一こまみたい。一緒にお茶でも飲むのかしら、と思うと楽しくなった。

でも、バスで人に席を譲るのはかなりデリケートだ。「そんな年じゃない」と気を悪くされる危険性が高い。危険なのはご老人だけじゃなくて、夫は“妊婦”に席を譲ろうとしたら、妊婦じゃなくて「ひっぱたかれるかと思った」そうだ。

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これは幼稚園児が描いた老婦人の絵。奇抜なファッションも注目に値するが、子供のつけたタイトルが『57歳の老婦人』!
小さい子供にとって、親より老けている人はみんな老人なのかもしれないけど、57歳で席を譲られたら、誰だって傷つくだろう・・・

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ジュゼッペ・ペノーネ、日本へ

ちょうど日本が連休の頃、私は、今までにお目にかかったことがない難解な翻訳の期日を目の前にして悪戦苦闘していた。

7月に豊田市の豊田美術館で開かれる、ジュゼッペ・ペノーネ展のカタログだ。
ペノーネはアルテ・ポーヴェラ(貧しい芸術)と呼ばれるジャンルの代表的アーティストで、私は彼の名前も貧しい芸術のことも知らなかった。
ウィキペディアによると「イタリア人の美術評論化・キュレーターであるジェルマーノ・チェラントにより1967年に命名された、1960年代後半のイタリアの先端的な美術運動。その特徴を大まかにいえば、絵具やキャンバス、粘土やブロンズなどの、伝統的な美術の画材を放棄して、生の工業的な素材や自然の石や木などを、あまり加工せずに用いる傾向が見られる」

例えば、川の流れに揉まれて滑らかな形になった石と同じものを、長い時間かけて作って、「これは芸術作品か?それともただの石だろうか?」と考え込むような、哲学的姿勢がこのジャンルにはある。それを、物事をストレートに言いたがらない哲学者や美術評論家が、ああだこうだと批評しているので、そのややこしさといったら!5行訳したら頭が混乱しまくり、YOUTUBEとか見に行ってしばらく気分転換しないと続けられないので、遅々として進まない。

間もなく、こういう文章は、筆者が何を言いたいかちゃんと理解しないと訳せない、という当たり前のことに気づいた。そこへ、バカロレアに受かってからやけに態度がでかくなった息子がやってきて、「これは何度か読まないとわからないよ」というので、寝転がって読み出したらすぐ眠くなり、やっぱり遅々として進まない。

それでも力づくで訳していくにつれて、ペノーネという人の芸術観がおぼろげながら見えてきて、文章が前ほど難解でなくなってきたときは、やったぜ!と喜んだものだ。
従来の彫刻は、完成した時点で“止まる”けど、彼が生きている木を使って作った作品は、止まらないで変化し続けていくというのも、なるほどである。
ペノーネの作品を少しご紹介すると・・・

タイトルは「葉の肌」
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かなり有名な作品だそうだ。
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それを作っている最中のペノーネ。この写真ではわからないけど、わりといい男だ。
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台風で倒れた木ではない。ペノーネがチュイルリー公園に設置した「母音の木」。
これは木か?芸術作品か?と話は哲学的になってくる。
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今は、会う人ごとに「ペノーネ、知ってる?えっ知らないの?」といってうるさがられている。
豊田美術館の個展には是非行ってみたいものだけど、翻訳したくらいでは招待されないよね・・・

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パジャマ・パーティ

娘の誕生日は3月末だったけど、友達をよんでの“パーティ”は今夜だった。いや、まだ過去形じゃない、続いている。

小学生の頃は質より量で、10人くらい友達をよんで、子供たちが家中駆け回り、叫び声と笑い声で頭がクラクラする数時間。小学校最後の年は、男の子、女の子を同数よんで、夕方から踊ったり食べたりするブーム(ダンスパーティ)。12歳になった今年は、パジャマ・パーティ!

「パジャマ?!男の子も一緒に?!」と、夕食を食べていた夫がフォークを取り落とした。
「まさかー!」と娘。パジャマ・パーティは女の子特有で、一番仲のいい友達だけよんで、ご飯を食べ、寝室でホラー映画を見てキャーキャー怖がり、一晩中おしゃべりをするパーティなんだって。
「ご飯は何にする?」
「お寿司はだめ、生の魚、食べらんない子がいるから」
「そんな面倒なこと、するわけないでしょ」
で、自分たちでピザを作ることに決まった。作る、と言っても、土台は買ってきて、その上に好きなものをのせて焼くだけ。
よんだ友達は4人。6時すぎからやってきて、少人数だし一番仲がいいだけあって、すぐ盛り上がる。

着色料たっぷりのお菓子。猫も興味をそそられてやってきた。

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ピザ作りの始まり。みんなで触るんで、指のあとだらけ!

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ハムとエメンタルチーズ。皮が薄く伸ばしたので、カリッと焼けた。でも四角形に近くない?

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スモークサーモンとモツァレラ。食べるのに忙しくて写真を撮り忘れた。

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「ああ苦しい、もう食べらんない!」と2階に上がり、パソコンで『ポルターガイスト2』を見始めた。
『16歳以下禁止』の映画なんで「怖くてひとりじゃ寝られない」なんて言い出だしたら困る、と思っていたら、なんとみんなで大笑いしている。あんなに笑われたら、映画のほうでも傷つくだろう。

今、零時半。でもパジャマ・パーティは宵の口・・・母は眠い。

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誰にも見破られないようにと細心の注意を払うGさん夫婦は、
-夫はすぐに仕事をやめないで、6ヶ月は待つ。
-車は買い替えない。
-ベビーシッターも家政婦さんも雇わない。
つまり、月の収入が3000ユーロ(40万円)だった前と全く同じ生活を続けることに決める。
この話を家族にしたら、
「バッカじゃない、その夫婦!」
「早くほかの町に引っ越して、大きなプールとジャクジーつきの家、買っちゃえばいいのに」
というのが子供たちの第一声で、確かにその通りなんだけど、突然、億万長者になった普通の人は往々にしてこういう反応をするようだ。

最初に「バッカじゃない」と思いだしたのは、奥さんのほう。
ジュエリーや服を買ったり、エステサロンに通うようになる。

6ヶ月仕事をやめないと決めた夫も3ヶ月で「もうやってらんない」と、辞表を出す。
退職の日の、部長が記念品(彼の体重の重さ分の漫画の本)をプレゼントしてくれた。
渡しながら「億万長者に贈り物をするは初めてだよ」。
Gさんは顔が引きつり、聞こえないふりをしていた。

この頃から、Gさん夫妻は、車を買い替えたり、南仏に別荘を買ったり始める。
前と変わったのは生活だけではなく、人間関係。従兄弟のうちにクリスマスによばれたとき、シャンパン1ケースをはじめ、たくさんのプレゼントを持っていったが、「それだけ?」という顔をされた。

宝くじで何億という金額を当て、間もなく離婚した夫婦が多いそうだ。
お金はなくても困るけど、ありすぎても幸せにはならない。
昔話でも「貧しくても幸せに暮らしていました」というのはあるけど、「お金持ちで幸せに暮らしていた」という話は記憶にない気がする。

これがユーロ・ミリオン。ひとつの枠から数字5つと星2つを選ぶ。枠ひとつで2ユーロ。
最初に買ったときはやり方がわからなくて、気がついたら後ろに苛立った人の列ができていた。

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ユーロ・ミリオンという宝くじで巨額を当てた夫婦の話を読んだ。
フランス東部の小さな町に住むGさん(爺さんではない、39歳)は中小企業の会社員。2人の子供が小さいので奥さんは今のところ専業主婦だ。
ある晩、ネットでユーロ・ミリオンの当たり番号を調べたGさんは、自分の番号と一緒なので目を疑った。自分が乱視になったのか、酔っているのかと20回見直したけど、やっぱり自分の買った番号とぴったり同じだ。
賞金は5800万ユーロ、計算が面倒なので6000万ユーロとして、78億円!
そこへ奥さんが帰ってきた。
「おまえ、心臓悪くないよな?」
「ないわよ、どうして?」
「心臓マヒの心配、ほんとにないだろうな?」
「何があったのよ?」
事の次第を知った妻も仰天する。

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「そんな巨額のお金、どうしよう?」「みんなに何て言おう」「子供が誘拐されないかしら?」
その晩、2人は眠らなかった・・・とここまでは予想がつくけど、やっぱり当たってみないとわからないもんで、その後はかなり予想外だ。

翌日からGさんは、5800万ユーロ当てたのが自分であることを知られないよう細心の注意を払う。
どのカフェから当たり番号が出たかはわかっているから、町はその話で持ちきりだ。
5800万ユーロ当てたのは誰だ?幸運な奴の顔が見てみたい・・・近所の人の会話を、Gさんは身がすくむ思いで聞いている。

賞金を受け取るとき、Gさんは3枚の小切手に分けてくれるように頼んだ。1枚は自分の銀行口座に、1枚はスイスの銀行に、もう1枚は・・・と考えをめぐらす。
銀行の支店長とアポイントを取ったときも、誰も見ていないか、前後左右確かめてから銀行に入る、という念の入れ方。
小切手を見た支店長は、宝くじを当てたのが彼だとすぐ見抜いた。
「私はこの銀行で一番重要なお客でしょうね?」というGさんの問いに銀行員はニッコリ笑って答える。
「この額では一番じゃありません。もう1枚小切手を預金なさればそうです」
結局、全額を同じ銀行に預金してしまう。

Gさんは両親にだけ宝くじに当たったことを話した。誰にも言わないでくれ、と念を押して。
翌日、兄がやってきて分け前を要求する。あるだけ使ってしまう兄の性格を知っているGさんは50万ユーロ渡す。彼は不服な顔で帰っていく。
その後は、従兄弟や叔父や叔母や、会ったこともない遠縁の親戚までが、偶然のようにたずねてきた。

話が長くなるので、この後は《続く》です。


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小学校から、フランス語(つまり国語)の授業で、詩を丸暗記というのがあって、子供に付き合って、随分たくさんの詩に出会い、覚えたものだ。殆ど忘れてしまったけど。
コレージュ5年生(日本の中学2年)の娘は目下、ヴィクトール・ユゴー尽くしで、春休みの宿題は『ああ無情』を読むこと。詩の暗記もユゴーのが続いている。小説は特別ファンではないけど、詩は深く美しいのが多い。

先週、カミーユが暗記した詩は『貧しい人々』。きっと清く正しい日本語訳があるはずだけど、見つからないので訳してみると:

夜。貧しい小屋の扉は閉まっている。
暗い住処に何かが見える。
この薄闇の中に光る何か、
壁につるされた魚網、
奥の片隅、かすかに輝く食器棚の上に
つつましい食器が見える。
長い帳に覆われた大きなベッドが見える。
手前には、古い長いすに マットレスが置かれ、
雛の巣のように5人の小さい子供が眠っている。
暖炉に残る火が夜番をし、
暗い天井と、寝床の上を赤く染める。
女が青ざめた顔で、膝をついている。
母親だ。彼女はひとり。外には白い波頭。
空は、風と岩と夜と霧、
陰険な海が、黒い叫びを撒き散らす。

Victor_Hugo_001.jpg

荒れ狂う海の音を背景に、暗くて貧しい家の中が目に浮かぶようだ。
この詩を丸暗記して、その後「この詩からどういう状況が想像されますか?」とか「貧しさを表す言葉を列挙しなさい」などの宿題が出るのだ。

「どういう状況が想像できる?」とカミーユが聞くので、「夫は漁に出たきり帰ってこない。妻は5人の子供を育てながら待っている。もしかしたらこの荒れ狂う海が夫を飲み込んだのかもしれない・・・」と答えると、「ハイ、よくできました。でも知ってた?」と、全然知らなかったことを教えてくれた。
ユーゴーの生きた19世紀は、配偶者が帰ってこなかったり蒸発した場合、60年間(!!)待たないと遺産が受け取れなかったそうだ。だから詩の中の女性も、子供を育てながら帰ってこない夫を60年間待たなければならなかった。
「旦那が蒸発してほかの女性と楽しく暮らしていても60年待つの?そんなの不当じゃない!このお母さんが30歳だとしたら90歳まで遺産を使えないってこと?その時代、90まで生きる人なんて稀なのに!」

これは蒸発したり行方不明になった人たちの家や財産を守る法律で、今は半分に短縮され30年間になっているそうだ。確かに蒸発する人の身になって考えると、すぐに家を売り払ったり財産を山分けされたらたまらない。でも、待つ人の身になってみると30年でも長い気がする。10年くらいでいいのでは・・・

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プロフィール

Author:長谷川たかこ

この国に住もう!と決めたのは13歳のとき。それが実現したのは10年以上経ってから、それから30年の月日が流れました(計算しないで!)
現在フレンチ・コード主宰。訳書多数、著書3冊。夫1人、子供2人、猫2匹と暮らす騒がしい毎日。映画と料理とデビッド・ボウイが趣味。


長谷川たかこ

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