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1954年、捜査官、テディ・ダニエルとチャック・オウルはフェリーでシャッター・アイランドに向かっている。
フェリーの舳先に立つ2人の前に、岩礁に囲まれた孤島が姿を現した。

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ここには精神障害のある危険な犯罪者だけを収容する刑務所がある。そこでひとり女性の囚人が消え、2人は捜査のために送り込まれたのだ。“煙のように”消えた女囚人の独房で、テディは小さな紙片を見つける。囚人の筆跡で暗号のような数字。
テディとチャックは地元も警官たちと、周辺を捜索するが、裸足の女がごつごつした岩礁の上をどこまで逃げられるだろう?
捜査官といえども、ここでは刑務所の決まりに従わなければならず、自由に行動できない2人。

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おどろおどろしい刑務所の建物、エレガントで謎めいた所長(上の写真)、そして嵐。フェリーも近寄れなくなり、さらに孤立する孤島の刑務所・・・何が起こってもおかしくない舞台装置、一体何が起こるのか?

フランスで2月末に封切りになってから、ずっと観たかった映画。幸い上映館は歩いていける距離にあるけれど、2時間以上、脚が曲げていられるまで待たなければならず、やっと実現した。
巧妙なシナリオ、効果的な舞台背景、キャストの顔ぶれ-ディカプリオが超上手い。所長のベン・キングスレー(この人『ガンジー』から変わっていない!)も適役、いるだけで強烈な存在感、老医師役のマックス・フォンシドー(『エクソシスト』のDVDを借りて再会したばかり)・・・

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マーティン・スコセッシを再評価する(お金もかかっているけど)傑作だ。巻き戻してもう一度観たくなる。

スコセッシも渋くて素敵だ。
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作品のプロモーションに来仏したディカプリオとスコセッシがCANAL+のニュースショー『Grand Journal』に出た。
ディカプリオは直前までガムを噛んでいて、それをテーブルの上に直接捨てた。それをスタッフがご丁寧に包んで取っておいて、翌日、会場の視聴者に「これを噛みたい人は?」。
それはちょっと・・・と顔を見合す女性たちの間から、一人志願者が。1秒くらい口に入れて吐き出したけど。
バラエティ番組はどこの国でもアホなことをやっている。


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松葉杖とギブスの親密な関係

仕事の打ち合わせがあって、ウチに来てもらおうと思ったら、
「でも、おたく、猫がいるんですよね?猫を外に出してもらえますか?」
ちょっと外に出ていてくださいと頼んで、おとなしく出てくれる動物ではないので、
「じゃ私が出ます。近くのカフェまでなら行けますから。猫アレルギーですか?」
「いえ、そうじゃないんですけど、ただ嫌いなんです。前世がねずみだったようで・・・」
これはいいことを聞いた。
私はネズミが嫌いで(怖くて)、「あんなに小さいものが怖いの?」とバカにされていたが、これからは「前世が猫だったんです」ということにしよう。

病院に行く以外、外に出るのは1ヶ月ぶり。カフェのテラスは日当たりが良くて、久しぶりに浴びる太陽のなんと気持ちいいこと!
前世がネズミだった方に感謝する。

外に出て気づいたのは、道行く人が、松葉杖と私の脚を不思議そうに見るということ。
そんな珍しいものでもないじゃない?
近所の人に出会っても、ただボンジュールというだけで、「どうしたんですか?」と聞かないのだ。

息子にその話をしたら、「ギブスをしてないからじゃないか?」
彼は中学生のとき捻挫して、包帯もギブスもなく、数日松葉杖をついていたことがあった。そしたら、松葉杖で遊んでいる、と思われて「それはオモチャじゃないよ」と注意されたりしたそうだ。

つまり、多くの人の頭の中で、ギブスと松葉杖がセットになっていて、ギブスをしてないから骨折ではない。ではなんだろう?→ほかの病気に違いない→質問してはいけない、という構図になるようだ。

従って「骨折したんです」と言う機会のないまま、松葉杖生活を送ることになりそうだ。


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ネットを賑わすカーラ・ブルーニ

テレビはつまらないので、外に出られない分、ネットをあちこち見ていると、カーラ・ブルーニの名前が現れない日はない。

今月のはじめは、カーラと歌手のバンジャマン・ビオレができているという噂がヨーロッパを一周した。
火付け役はTWITTER。カーラが3作目のアルバムを作るときコラボしたのがきっかけで仲良くなったとか。
しかも、アルバムのタイトルが『Comme si de rein n'était』(何もなかったように)だ。
妻の浮気に傷ついたニコラ(サルコジ)が閣外大臣のシャンタル・ジュアノの腕の中で慰められた、というオヒレがつくと、信憑性がなくなるけど、離婚説に発展した。
それについて聞かれたカーラは「根拠のないネットの噂に腹が立つ」。
シャンタル・ジュアノは怒りで震え、サルコジは「アホらしくてコメントができるか!」

バンジャマン・ビオレ。そういうことをしそうな気配はある。
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シャンタル・ジュアノ。この噂が出るまで顔も知らなかった、という人は少なくない。
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それからノーブラ事件があった。
ロシア連邦大統領、ドミートリー・メドヴェージェフが来仏して、エリゼ宮で公式ディナーが催されときのこと。
背中が露出したイヴニングで現れたカーラ・ブルーニは、誰の目にも明らかなノーブラ。
「彼女のブラはどこ?」「大胆に身体の線を浮き彫りにしたドレス・・・」などのタイトルで各国の新聞を賑わせた。
フランスの某女性記者は「でも、実際問題、ああいうドレスってブラができないんだけど」

ウッディ・アレンが、カーラをヒロインに映画を撮りたい、という記事があった。「でも彼女は女優ではなくファーストレディだから公務があるし、ロケの間、拘束するのが難しい」・・・でも諦めきれない、という口調。

そして今日は「夫には2012年の大統領選に出馬して欲しくない」というカーラのコメントがあちこちに出ている。「このリズムで仕事を続けたら身体を壊すし、2人で過ごす時間が欲しい」

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地方選で与党が大敗し、先週末行われた次期大統領候補についてのアンケート調査では、58%が「サルコジに再選してほしくない」と答えている。そういう現状をふまえて“布石を敷いている”感じの発言である。夫婦間の業務連絡の結果・・・
さて明日は何でしょう?


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知られざる子供たちの時間

一日中うちにいると今まで知らなかったことを発見する。
例えば、学校から帰った子供たちが何をしているか・・・

娘は中学生なので、8時過ぎに出て行って、午後4時半頃帰ってくる。
けたたましくドアを開け、イーストパックのリュックを可愛そうなほど(リュックが)荒々しく投げ出し、トイレに駆け込む。
学校のトイレには行きたくないんだって。我慢したら身体に悪いよ、と言うけど、身体のことを心配する年齢じゃないし、無駄と知りつつ言わずにはいられないのが親というもんだ。そういえば私も我慢していたような・・・

大学1年生の息子は、日本に比べて授業時間がかなり少ない。月金はナシ。水曜日は昼前に帰ってくるし、木曜日は一こまだけ。それ以外は自分で勉強しろ、ということらしいが、している様子はない。
リュックをどさっと投げ出すのは彼も同じだけど、駆けつけるのはパソコンの前だ。
ネットで友達や従兄弟と繋がって「こっちは僕が殺る、君は後ろに回ってもう1人を片付けろ」とか物騒なことをいいながらゲームをしている。

娘はFACE BOOK。猫や新しい服や友達とポーズした写真を山ほど撮って公開している。かなりナルシシックな遊び。
断りもなく私の写真まで載せている!まあ、見るのは数人の友達だけだろうけど。
日本でも同じと思うが、ゲームにはまっている女の子にはお目にかからない。

ひとしきりFACE BOOKをすると、娘は宿題やコントロールの準備を始める。ほぼ2週間に一度あるテストのこと。
「ここからここまで質問して」と付き合わされ、忘れ果てていた世界史や苦手だった地理を勉強させてもらっている。世界史は今、アメリカ独立戦争だ。

先日2学期の成績会議があった。各教科の先生とクラスの学級委員が立ち会う。
日本でこれからかかるローラン・カンテ監督の「クラス」にもそのシーンが出てくる。
つまり学級委員の子(大概女の子)は、クラス全員の成績表を、しかも事前に知るわけだ。で、翌日友達に聞かれると、
「次の学期、頑張らないと留年しそうだよ」とか「FELICITATIONがもらえるって」と教えてくれるそうだ。
FELICITATION(フェリシタシオン)は、授業態度や成績がよかった生徒に先生がくれる“賛辞”だ。
“留年”はクラス(約25人)に1人か2人。
妹のクラスの集合写真を見ていた息子が、
「このオンナ、ハタチか?!」
「その子、小学校で1回、中学で2回留年してるのよ」という例もある。

これは「クラス」の集合写真。フランス語タイトルは『ENTRE LES MURS』

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新しい生活、明と暗

できなかったことができるようになるのは嬉しい。
病院で、最初にトイレまで歩けたときの自立感。
最初にシャワーを浴びれたときは、こんなに気持ちいいものだったのかと感激した。
自分で靴下が履けたとき、落ちた松葉杖を拾うテクニックを見つけたとき・・・「だれか来てえー!」と叫ばなくて済むことがひとつずつ増える。小さな一歩前進。

看護婦さんが毎日通ってくる。血液の凝固を防ぐ注射と傷口の包帯の付け替えだ。手術後2週間目にホチキスを外した。釘を入れてネジで留めるため3箇所切っていて、傷口がホチキスで留めてあったのだ。ロボコップの脚。「部分麻酔くらいするんだろう?」と夫に脅かされたけど、そんなのナシで、ホチキス外しでパチン、パチンと外していく。我慢できる痛さ。
傷跡は小さい。「水着を着ても目立たないように」というお医者さんの配慮だ。

息子と娘の手を借りることも多いが、彼らのアプローチはなり違う。
娘は看護婦さんごっこのノリで、すごく面倒見がいい。これは自分でできるようになった、というと逆にがっかりした顔になる。
「ほんと?隣の部屋にいるから何かあったら必ず呼びなさいね!」

息子は寝ているか、出かけているか、パソコンゲームをしているかで、その上オンラインでパソコンゲームをしているときは「絶対に部署を離れられない、離れたら負ける」そうで、当てにできる時が非常に限られている。
何か頼むときは、事前に予約が必要だ。

私は一日の大半をこの窓のそばで過ごしている。建物や塀に切り取られたパリの小さな空。
病院の窓から見えた雪山に囲まれた田舎の景色は、和むものがあって見飽きなかった。

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自分でできないことはまだまだ多く、落ち込むこともあるし、人にやってもらうと当然、自分のやり方と違うので、苛立つこともある。人間、ある程度の歳になると自分の流儀があるものね。
もっとアバウトになれ、と自分に言い聞かせる毎日だ。


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今、日本で公開されている『彼女のために』は、殺人容疑で逮捕された妻を脱獄させようとする夫の話。
妻の無実を信じて疑わず、寝食忘れて素人っぽい脱獄計画を練る一途な夫、ヴァンサン・ランドンがいい。
特別ハンサムでもカッコよくもないけど、こんな男性に愛されたら頼もしいだろう。

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でもヴァンサン・ランドンの主演作だったら『WELLCOME』のほうが公開されてほしかった。

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舞台はフランスで最もイギリスに近い町、カレー。貨物トラックの中に隠れてイギリスに渡ろうとする密入国者が後を絶たない。
関門所では二酸化炭素の探知機で、人間が隠れているかどうかチェックする。

離婚して一人暮らしのシモンは、カレーの市営プールで水泳コーチをしている。
ある日、クルド人の青年ビラルがクロールを習いたいとやってくる。お金がなさそうなのに個人レッスンを払い、閉館ギリギリまで練習する熱心さに興味を引かれるシモン。
家に連れてきてピザを食べさせたりするうち、英仏海峡を泳いで渡ろうという青年の魂胆を見抜く。最初は無謀な計画を諦めさせようとするが、次第に助けようと思い始める。

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近所の人に「違法滞在者を匿っている」と通報され、警官がやってきても彼の意志は変わらない。

一人暮らしの寂しさをビラルが埋めたのか、愛する女性と再会するため命がけでもイギリスに渡りたいというビラルの、若い純粋さに共感したのか・・・シモンは孤立無援で突き進む。

体育会系の身体つき、ぶっきらぼうな表現に熱い心。『彼女のために』の夫のキャラクターと重なるけど、この作品は信憑性が弱い気がする。刑務所のダイアン・クルーガーが、ロレアルのCMみたいに綺麗なのにもちょっとしらける。

ヴァンサン・ランドンは人気俳優だけではなく、エディシヨン・ドゥ・ミニュイの社長、レイモン・ランドンの甥でもある。ゴンクール賞の常連、格調高い文学出版社の跡取りでもあるわけだ。天が二物を与えた例?


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新しい生活のはじめかた

例えば朝、コーヒー豆を2種類、コーヒー沸かし器に入れる、
果物を取り、冷蔵庫に行ってフロマージュ・ブランを取り出す、
猫が鳴くので、お皿にキャッツフードを入れる・・・
毎朝、機械的に5分でやっていたことに、こんなに2本の脚を使っていたなんて!

ご飯の準備にも、シャワーを浴びるのも、戸棚を開けて何か取るのも一人ではできなくて「誰かいる?!」と助けを呼ばなくてはならない。
こんなに身体を使っていたんだという驚きと、一人でできないもどかしさと、いちいち人を煩わせる心苦しさのミックスだ。
「忍耐よ!」と病院で何度も言われたけど、全くその通り。

さて、“新しい生活を始める”という言葉が浮かんだのは、ダスティン・ホフマンとエマ・トンプソンの『新しい人生のはじめかた』をテレビで観たからだ。
フランスでは去年封切りになった。想像できるストーリーで、わざわざ映画館に行くまでもないとパスしたけど、テレビでかかるなら観てやろう。

ハーヴェイはCM音楽の作曲家。別れた妻はほかの男性と暮らしているが彼はまだ一人。仕事においても私生活でも、自分を“必要とされていない”と感じてしまう。娘の結婚式のためにロンドンに行ったハーヴェイは、ケイトと出会って惹かれる。
彼女は、仕事と年老いた母親の面倒に明け暮れる40代のオールドミス。ハーヴェイのアプローチに「期待して裏切られるのはいや、もう傷つきたくない」とガードが固い。

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確かに読めちゃうストーリーなんだけど、名優2人が引っ張り上げている。
特に“身体の演技”に感心した。人間関係に不器用で自信のない性格が、後姿や歩き方にまでにじみ出ている。
名優ってこういうことなのね。

エマ・トンプソンのほうが10cmくらい背が高いので、抱き合うのにも苦労している。

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この映画、原題が『LAST CHANCE FOR HARVEY』で、フランスでのタイトルが『LAST CHANCE FOR LOVE』。
ダスティン・ホフマンが50代という設定(それって苦しくない?彼、70歳じゃなかった?)なのに、『恋のラストチャンス』はちょっと早すぎる。
『新しい人生のはじめかた』は素敵なタイトルだ。


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救急車と飛行機の旅

フランスには、急病人や怪我人を病院に運ぶSAMUと呼ばれる公共の救急車サービスがある。

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そのほかに民間の救急車会社がいくつもあり、病人を自宅やリハビリセンターに運んでくれる。
サイレンは鳴らさないけど、優先車線を走れる。

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朝7時に迎えに来た民間の救急車は、クネクネと山道を登り、大きなスキー場を通り過ぎる。
トリノの空港に着くと私の車椅子は空港職員にバトンタッチされた。セキュリティチェックの前に並ぶ人たちを尻目に、ここでも優先車線だ。ゲートを通ったら絶対鳴るな、と楽しみにしていたら、探知機で身体を触られ、うんともスーとも言わなかった。

私は4枚のチケットを渡されている。つまり4席使って寝ていけるわけね、と思っていたら、期待を裏切られた。
私の席の前の一列の椅子が倒され、その上に脚をのせろ、ということらしい。
ご冗談でしょ!そんなことができたら苦労しない。2つ折にしても飛行機の椅子は高く、曲げることも上げることもできない脚をどうやってあそこにのせるっていうの?!
「ちょっと試してみませんか?」というので、やってみたら椅子の半分の高さで悲鳴を上げた。
結局、曲がらない脚の置き場所に困りながら、ほかの乗客と同じく椅子に座って旅したのだ。

ロワシーに着くと別の救急車が待っていた。
10日ぶりに出会うパリの空。透明感のある山奥の景色を眺めていたせいか、町並みも空気ひどくくすんで見える。

1時間後に、2人の子供と2匹の猫と夫1人に再会した。子供たちは、松葉杖で歩く私を火星人かなんかのように珍しそうに眺める。昔のアトリエを改造した建物なので、台所に行くにもお風呂場に行くにも小さな階段があり、その度に私は立ち止まり「降りるときは・・・まず折れた脚から・・・」と一瞬考える。
アナイス(猫)は、私が留守にしたときの常で「あんたなんか知らん」とむくれている。タマ(子猫)は松葉杖を面白がってまつわりつくので危ないったらない。

私ははしゃぎすぎて、夜、貧血を起こしたほどだ。


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おうちに帰りたい!

入院している間に、日が少しずつ長くなっているのに気づく。
「春の気配がする」「もう春だわね」
看護婦さんたちが異口同音に言う。
私にはどう見たって冬景色なんだけど、地元の人は敏感に違いを感じ取るようだ。

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私をどうやってパリに送り返すか、を病院と保険会社が相談している(そろそろおうちに帰してよ!)
電車は乗り換えがあり、地方の駅にはエレベーターがないので無理だ。
病院は「救急車でパリまで運ぶのがいい」と言っているが、止まらずに飛ばして7時間なので、途中で休んでいたら何時間かかることやら。
「でも飛行機だと、一番近いリヨンの空港まで4時間かかって、シャルル・ドゴールに着いた後も車だから結局同じくらいかかるわよ」と看護婦さん。
イタリアのトリノが一番近いんじゃないの?冬季オリンピックもあった町だから空港くらいあるはずだ・・・私が考えつくくらいのことは保険会社もとうに検討していたらしく、トリノの空港まで救急車→飛行機→救急車というコースになった。

「10時半の便だから、2時間前に着くとして・・・7時出発ね。5時半に起こしますから」
「ご、5時半?!荷物は前の晩にまとめるし、着替えるだけなのに!」
「あなた、トイレに往復するのに10分かかってるのよ」
と、言われれば黙るしかない。

1週間の間、看護婦(夫)さんたちとは色々な話をした。空気が綺麗、生活費が安いなど田舎町のメリット。地元の人たちは雪のある間リフト乗り放題のシーズン・パスがあるんだって。土曜日の午後、ちょっとひと滑り、なんて羨ましい。
「でも子供が大きくなったら田舎すぎて退屈するかも」
「パリは遊びに行くのはいいけど、住めないわね。ストレスの多すぎる」

看護婦(夫)になるのはバカロレア+看護学校3年で、Aide Soignantと呼ばれる看護助手はバカロレア程度の知識+1年ということも知った。看護助手も初歩的な医療行為はできることになっているけど、この病院では食事、シーツの取替え、シャワーの世話がその役目だ。

最近、不景気のために、他の仕事から看護婦に転向する人が出てきたそうだ。看護婦数が不足しているし、公務員になれば仕事にあぶれない、という見込みからだ。
「研修生です」と言われて顔を見たら40過ぎのオバサンだったのはそのせいなのね。

彼らには本当に細やかに親切にしてもらった。
「ありがとう、誰もお見舞いに来なくても、あなたたちのお陰で落ち込まずにすんだ」
「葉書をちょうだい」
「近くまできたら会いに来て!」

退院の前の晩遅く、友達の家に泊まりにいっている娘からSMS:
なかなか眠れない。ママンに会いたいよ。

私だって早く会いたいよ。だから5時半起き!


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病院のご飯は不味いか?

家族が入院したパリの病院の例でいうと、サン・タントワーヌ病院はまあまあで、オテル・デューは「こんなに不味くするのも大変だろう」というくらい不味かった。毎日のようにご飯を運んだものだ。
リッチな人や芸能人の多いアメリカン・ホスピタルは、蓋つき銀食器に入れた食事を給仕係がワゴンで運んできて、ジャーン!と蓋を開けるという話だが、味はソコソコらしい。

さてブリアンソンの病院は、“美味しい”というと言い過ぎだけど決して不味くなかったのだ。
ある日のメニュー
朝:パンとコーヒー(毎日同じ)
昼:ビーツのサラダ、牛タンの煮込み、マッシュポテト、
夜:ポタージュ、サルシフィス(西洋ごぼう)の炒め煮、小さなチーズクレープ
夜は必ずポタージュがつく。何種類も野菜を入れて作った優しい味。
またある日は、
昼:鶏のクスクス、グリーンサラダ
夜:ポタージュ、挽肉ステーキ、パスタ
鶏の腿肉は好きな素材だけど、自分のレントゲンを思い出して食欲をなくした。
挽肉ステーキ、Steak Hachéは牛挽肉を焼いただけの、手間もお金もあまりかからない定番料理。レアで食べる人が多い。
病院のは焼きすぎて、硬くなって味もなかったけど、他に食べるものもなかったので食べた。
遠慮なく不味かったと言えるのはこのステーク・アッシェ(2回登場)とグリーンサラダ。2日前に洗ったの?と言いたくなるバリバリに乾燥したサラダ菜。食べたけどね。

イタリアのマダムが退院したあと、スノーボードで手首を折った20歳の女性が運ばれてきた。
生まれて初めてスノーボードに挑戦し、初日で怪我。私のように釘で固定する手術をしたけど、手首の場合は24時間で退院できる。私も手首にすればよかった。

大きな目の綺麗な子で、心なしか看護夫の出入りが頻繁だ。

彼女は親元を離れてグルノーブルでひとり暮らしをしている。
「うるさい親から離れて快適?」と聞いたら、
「そうでもない。ご飯作るのがめんどくさくて、パスタ茹でてトマトソースの缶詰ぶっかけたのばかり食べてる」

翌日、ちょうど夕食が運ばれたとき、ボーイフレンドが迎えに来た。
「わっすげえ旨そう!」
「一口食べる?」
「めちゃ旨い!おまえ、昨日からこんなモン食ってんの?ラッキー!」
世の中、すべて比較級である。


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釘とネジの脚

4日目にレントゲンを撮るので、車椅子で階下に降りた。
初めて見る病院の全景。「ヘリコプターはあの屋根に降りたんですよ」と車椅子を押す看護人が教えてくれる。

レントゲン技師は、若くて可愛い研修生の女の子に気を取られていて、終わると私を廊下に残して2人でどこかに行ってしまった。誰かが迎えに来てくれるのを待ちつつ、レントゲン写真を見る。

これは私のじゃないけど、ネジ2本でよく似ている。
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ほんとに長―い釘が入っている。手術の前に太ももの長さを測っていたのは釘の長さを決めるためだったのね。
膝にはネジ釘が2本。こんなのが入ってたら、空港のセキュリティチェックのX線で引っかかるじゃない!

このために、腰のわきを10cmくらいと膝の側面3cm切っている。切ったあとはホチキスで止めてある。
釘とネジとホチキス・・・病院というよりBHV(日曜大工ファンが大好きなパリのデパート)にいるようだ。

10分経ち、20分待っても誰も迎えに来てくれない。
私が置き去りにされたのは外来の入り口の近くで、隙間風が入って寒い。看護婦さんらしき人は通りかからないし、困ったな・・・と思ったところ、松葉杖というものがあるのを思い出した。
よっこらしょ、と杖をついて立ち上がる。おお、自立した女!
覚え始めたばかりの松葉杖を使ってレントゲン科受付まで行き、
「私、忘れられたみたいですけど、整形外科の人、呼んでもらえます?」と頼んだ。

やっと来てくれた看護人に「忘れたでしょ」というと、はたして可愛い研修生を追い掛け回していたレントゲン技師が「終わった」と電話し忘れたそうだ。今度会ったらタダじゃおかないよ・・・

後で執刀医がやってきた。
「僕は親切だから、ほんの少ししか切らなかったよ。また水着が着れるようにね」お心遣いありがとう。
レントゲンを見て「パルフェ!」と感心している。
私はピノキオになった気分だけどね。


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私は再びスキーを履くだろうか?

骨折してから、この質問が頭を何度もよぎる。
雪の上に寝そべって救助隊を待っていたときは、「もう2度としないだろう」と確信した。
スロープの上に立ったら足がすくんで腰が引けてしまうに決まってる・・・そう思うとかなり落ち込んだ。
スキーは私ができる唯一のスポーツ。頭を空っぽにできる快適な時間だったのに。

フィクサシオンをちゃんと確かめればよかった、とか、ああしていれば、こうしていれば・・・という後悔も次々に浮かぶ。
事故の後の2晩は、転んだときのシーンが悪い夢のように繰り返し蘇った。

でもね、時間とともに後悔や悪夢は次第に薄らいできた。
過去を塗り替えることはできないし、“Ce qui est fait est fait !” なったことはなったことだ、と開き直る。

去年の2月、息子のジュリアンと。
私の帽子の上に2本突き出ているのは彼の指で、ツノではない。
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病院のベッドで雪景色を見ていると「もしかしたらするかも」に揺れてきた。
そこで私は、アンケート調査を開始した。
まずお隣のイタリアンマダム。
「もちろんするわよ」ときっぱりした答え。ほほー、言ってくれるじゃない。

次にベテランらしき看護婦さんに聞く。
この病院はセール・シュヴァリエなど大スキー場が近いので、シーズン中はスキーの怪我ばかりらしい。
「私みたいな怪我をした人はスキーを再開してます?」
答えはウイだ。
「臆病な性格の人はやめちゃうだろうけど・・・でも臆病な人はスキーをしないしね」
そして彼女は、手首と脚を折った中年男性や、ネジを13個(私は2個!)入れる複雑骨折をした女性が、また始めた例を話してくれる。
「病院に運ばれた日は2度としないんじゃないかと思ったの。でも3-4日経つと“するかも”になってきた」
「そう、それでなくちゃ。“失敗”で留まってはいけないわ」

『失敗で留まっちゃいけない』名言ではないか。

その上、テレビではバンクーバーの冬季オリンピックがガンガン流れている。
週の終わりには“スキーがしたい”になっていた。
アタシも懲りないねぇ・・・


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コケティッシュなイタリアマダム

隣のベッドは初老のイタリア女性。イタリア国境まで10kmなので、イタリア人の患者さんが多いそうだ。
看護婦さんのフランス語は殆ど理解するけど、話すのは少しだけ。
それでも、彼女がチュランに住んでいて、先週の土曜日にスキーに来て骨折し、私のようにヘリで運ばれたこと。
ランジェリーのブティックを経営していて、30歳になる息子は中国女性と知り合って、上海で暮らしていることなどを知る。
なるほど素敵なランジェリーを着ている。

「イタリア人の趣味ってカラフルなのよね。フランス人は黒い下着が好きだけど」と看護婦さん。
イタリア女性は年齢に関わらず赤いランジェリーが好きなんだそうだ。

彼女はコケティッシュだ。ベッドでダークレッドのマニキュアとペディキュアを塗っている。私も今に、マニキュアを塗る気力が出るかな?

彼女のとこには毎日12時半きっかりに初老の男性がお見舞いにきて、面会時間の終わる8時半までベッドの横に座って低い声でおしゃべりしている。食事の時間になると何か買ってきて、一緒に食べている。
ご主人かと思ったら、弟だそうだ。
「8時間も一緒にいてくれるなんて!」と驚くと、
「父性的な人なのよ」とニッコリ。

チュランから往復3時間かけて通い、8時間姉の枕元いいるなんて、家族思いでもそうそうできることじゃない。
イタリア人ってやっぱりファミリーの結束が強いんだろうか。

退院の日にはさすがにダンナが来た。60歳過ぎのイタリア人っぽい(つまりモテそうな)いい男であった。
彼女が退院すると病室にひとりになった。

私が地元の人間じゃなくお見舞いが来ないのを知ってか、看護婦さん、看護夫さんたちがよく覗きに来てくれる。

午後は、リハビリの先生がやってくる。手術後2日目には松葉杖の練習が始まった。

BQUILL~1

折れたほうの脚は内出血もあったのでパンパンに腫れていて、まだ動かすのに苦労する。それでも病室を出て、廊下を少し歩いた。
杖、折れた脚、正常な脚、この3つをどの順序で出すかが問題なんだけど、“動きを組み合わせる”のが苦手な私は時々立ち止まって考えてしまう。
「何をだすんだったっけ?」
「それは最初だけ。すぐに反射的に歩けるようになる」と励まされるけど、私にかけているのはその反射神経なのだ。

運転を諦めたのもそのせいだ。どっちがアクセルで、どっちがブレーキだった?と足元を見て運転していたら、教習所の先生に、
「やめたほうがいい」と言われた。「君が道に出たら、一日一回事故をやるよ」


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意外と退屈しない・・・

入院した翌日、夫と娘が借りた山奥のアパルトマンに荷物を取りにいった。
雪が嫌いで、スキーはできないし、したくもない、という夫は、バスを降りて雪の中に一歩踏み出した途端、大の字に倒れ、
「死ぬほど笑った」と娘。雪の上にできた100kgの人型を見たかったもんだ。

スキーを返却し、荷物をまとめてスーツケースにいれ、部屋をざっと片付けるのに持ち時間正味45分。
チャップリンの映画のような騒ぎだったそうで、ヴィデオに撮っておきたかった、なーんて、本人たちは大変だっただろう、ご迷惑かけます・・・

私の入院は手術から1週間の予定。夫と娘はパリに戻るので、最小限必要なものを揃えてもらう:パトリシア・コーンウェルとマイクル・コナリーの推理小説、リンゴとオレンジ、筆記用具、パソコン、携帯電話とテレビのリモコン、化粧ポーチ・・・ベッドの周りに、私の最小限空間が出来上がる。

2人がパリに帰って行ったあと、時間の流れ方をそれは遅く感じるだろう、と覚悟していたら、意外とそうでもない。
病室は2人部屋で、私は窓側だ。窓の形に切り取られたブリアンソンの風景。雪に覆われた山、枯れ木、こげ茶の三角屋根・・・墨絵のような風景に雪が降り、午後には雨になる。太陽が射す朝もあった。月は満月に近づいていく。
私は、その墨絵を飽きることなく眺めた。

人も車も殆ど通らない。病院の屋根に降りた私は、自分が町のどの辺にいるかもわからなかったけど、中心地から外れた病院と教えられた。ブリアンソンは人口11000人。標高1300m、ヨーロッパで一番高いところにあるそうだ。

夜10時、昨日の夜番の看護夫が現れる。夜番は必ず年配2人のペアで、退職後のアルバイト、という雰囲気だ。つるつる頭のおじさんが点滴を変えてくれる。
「昨日より顔色が良くなった」
昨日は手術の直後だったもの。
「それに昨日は悲しそうだったよ、娘さんのバカンスを台無しにしちゃったって・・・」
「だって着いて2日目だったから」
「事故だもの、あなたのせいじゃない。それに何でもいい経験になるもんだよ」
「ヘリコプターに初めて乗ったって興奮してた」
「それも後ではいい思い出になるよ」

お孫さんがいるのかしら?看護夫オジサンの“哲学”に慰められる。


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病院の忙しい朝

麻酔室で最後に壁の時計を見たとき午後3時半。目が覚めたら8時近かった。
病室に運ばれる。左に点滴、右にはドレーン。麻酔の余韻でうとうとしていると12時に騒がしく夫が到着し、娘を連れて近くのホテルに引き上げる。
2時に起こされ点滴を取替える。5時に再び起こされる。
病院とは継続して眠れない場所らしい。

夜番の看護婦さんが6時過ぎに「痛みはどう?ボンヌ・ジュルネ!」と去っていくと、病院の朝が始まる。

hopital.jpg

7時に採血の看護婦さんが来る。この人をAとする。
研修生で、ボスらしき中年看護婦Bが一緒に来て「そんなとこに刺しちゃだめよ」とか「どっか間違ってない?」と、不安になる注意をする。実験台にしないでよ。
その後、看護婦さんCとDが血圧と体温を測りに来る。「痛みは0から10でいくつ?」と得意の質問。手術後の2-3日は驚くべきことにゼロだった。
病室に現れる人たちはヒエラルキーがややこしそうだ。看護婦さんだと思って質問すると「ちょっと看護婦に聞いてきます」というので、看護助手という立場の人だとわかる。

次に、食事担当Eが現れる。
「朝食は何がいいですか?」・・・文字通り訳すとこういう質問なんだけど、
「ヨーグルトと果物と、卵は・・・」なんて返事したら、殴られそうだ。カフェか、カフェオレか紅茶を選ぶだけ。それにバゲットの輪切りが3つ、小さいバターとジャムという簡素な朝食だ。
それでも、24時間何も食べていなかった朝は、コーヒーの一口が身体中に染み渡るような気がした。

「嫌いなもの、食べられないものは何?」と聞かれる。
わがままはいえないので「シャルキュトリー(豚肉加工品)」だけにしておく。

朝食が終わると「トワレット」の時間だ。トワレットは、身づくろいの意味で、トイレに行けというのではない。
起きられる人はバスルームでシャワーを使い、そうじゃない人は、前出のEがお湯の入ったたらいをもってきてくれ、自分で身体を拭く。最初の朝はそれもしんどく、やったふりをしていた。

トワレットが終わると、看護助手Fが来て、シーツを代えてくれる。この時点で、すでに6人の看護人に何かしらお世話になっているのだ。

8時半に回診がある。部長、執刀医、看護婦シェフから研修生、リハビリ担当までがゾロゾロと病室に入ってくる。まさに大名行列だ。行列も形式的なら、交わされる言葉も形式的、いずこも同じだ。
この大名行列がほぼ毎朝あり、2分くらいで次の病室へ移動していく。

回診が終わると、Gが入ってきて、部屋の掃除が始まる。テーブルからベッドの手すりから拭いて、床の掃除をしてくれる。みんな同じ質問をする。
「どこから来たの?」
「パリ」
「パリの中?それとも郊外?」
看護婦、看護人、麻酔医から執刀医まで同じ質問、パリの中か外かにこだわった。
その後やっと静かになる。

11時半に昼ごはんがやってくる。病院はどこでも前倒しだ。昼が一番しっかりした食事だけど、量は普通の半分くらいだ。
初日のお昼は、子牛のローストが一切れにインゲンのソテー、ソーセージのサラダ。豚肉加工品はパス、と言ったじゃない?!要するに食べなきゃいい、ということらしい。そんならなぜ質問するのよ!


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初体験・・・ヘリで運ばれる

部分麻酔が効いてきて、お医者が脚を“元の場所に”戻そうとする。
強烈な痛さ!私はすごい叫び声を上げた。雪崩が起こったかも。
その時、理解した。10の痛さってこれだったのね。

また「アン・ドゥ・トロワ!」が聞こえて、私はふわりと持ち上げられる。無重力状態のように身体が軽くなり、人の声が遠くなる。現実感が薄れ、SF映画の中にいるみたい。
初めてヘリコプターに乗るのに寝かされているから、見えるのは天井のネオンだけだ。そこから病院の麻酔室に着くまで、夢か現実かわからない。

ヘリに乗っていたのは10分くらいだ。ブリアンソンの病院に着く。
天井のネオンの色が変わり、色んな人が私を覗き込み「サヴァ マダム?」と尋ねる。サヴァじゃないからここにいるんだけど。
エレベーターを乗り換え、救急ブロックにたどり着いた。
スキーズボンを脱がされ、脚を固定するため包帯を巻かれるとき、あまりの痛さにまた叫ぶ。

「一番辛い部分は終わりましたよ」そう願いたい。
「マダム、あなたは勇敢でした」どんな状況でも褒めらると嬉しい。

レントゲンを見せられた。
femur.jpg

ほほー見事に真っ二つに折れている。
日本語の“大腿骨骨折”は、大骨折みたいで余計「大変なことになっちゃった」という気になる。
骨が早くくっつくよう、釘を入れてネジで止める手術をするそうだ。なんだか日曜大工の説明を聞いているみたい。

気持ち悪い図解でごめんなさい。でもこういうことらしい。

femur-nailing.jpg

娘がそばにきた。
「ごめんね」
「ママンのせいじゃないよ」
「ヘリに一緒に乗れてよかったね」
「うん、すごかった。『グレイス・アナトミー』みたい」
「私は『アバター』かと思った」

彼女の運命が気がかりだ。ひとりでアパルトマンに帰せないし、ひとりでホテルに泊まるのも小さすぎる。
救助隊の人が「僕の妻は児童福祉をやっているんで預かってもいい、といってくれたけど・・・考えるうちに廊下で電話していた娘が戻ってきた。夫が電車で夜中の12時に着くという。ひと安心だ。

それから麻酔室に連れていかれた。時計やアクセサリーをはずすように言われ、娘に預ける。「ポケットに入れないで、自分でつけてて」と言うと、嬉しそうにピアスや指輪をつけ始めた。
手術の間、テレビのある部屋で娘を待たせてくれるという。
「DVDなかったかしら?麻酔のDVDはいくつかあるんだけど・・・興味ないわよね」
「あんまりないと思う・・・それからあの子、ずっと何も食べてないんで、何かあったらお願いします」

看護婦さんは『LOL』(娘の大好きな映画!)のDVDとリンゴと病人食の残りをを持って、娘を別室に連れて行ってくれた。
親切がとても有難かった。


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初体験・・・スキーで怪我

冬休みが始まった週末、私と娘はARVIEUX(アルヴュー)という南アルプスの小さなスキー場にたどり着いた。
パリ、リヨン駅からVALENCEまでTGVで2時間、そこから各駅停車でトボトボと4時間、MONTDAUFIN(モンドーファン)訳すと“いるか山”という駅で降り、そこから更にバスで1時間弱。
あまり知られていないスキー場だけど、100km以上のゲレンデが歩いてすぐのとこにあり、リフトの行列も短いし、一日かけて来た甲斐があった。1週間借りた小さなアパートも新しくてなかなか可愛い、と喜んだのも束の間・・・

ski2010.jpg

着いて2日目の月曜日のこと。
何であんなところで転んだのか不思議だ。新雪に足を取られ、私は倒れた。倒れた瞬間に、今まで体験したことのない痛みで、全く起き上がることができなかった。コーチがやってきた。
「君が転んだとこを見ていなかった。大丈夫か?|
「あまり大丈夫じゃなさそう・・・」

最初に考えたことは、娘のバカンスを台無しにしちゃう、だった。
もし捻挫だったら、松葉杖で金曜日まで何とか過ごせるかもしれない、でもスーツケースを持って山を降り、電車に乗って帰れるだろうか・・・

救助隊がやってきた。てっきり橇で、毛布に包まれて下まで降りるのかと楽しみにしていたら、ヘリコプターで病院に運ぶという。
「フィクサシオン(靴をスキーの板に固定する装置、日本語ではなんだっけ?)が強すぎたんだ、板が外れてたらもっと軽かった・・・」
じゃ、捻挫じゃないってこと?
「私の脚、どうなったんですか?」
「多分折れている、医者じゃないんではっきりは言えないけど」
「娘はどこ?」
「心配しないで、そばにいますよ」
救助隊は、脈を取り、名前は?年齢は?住所は?どんな風に倒れたか、など聞く。
「痛みを0から10で表現したら、いくつですか?」
この質問は、合理的なようで、実は答えるのが難しい。痛みのない状態がゼロ、はわかるけど、何を10とするんだろう?・・・まあ、議論している場合でもないので、4と答える。
痛みより麻痺したような感覚があり、雪の上に倒れているんで、段々冷たさが這い上がってくる。

30分くらい経ったところで「ヘリだ!」という声。娘に、突風が起こるから、フードをかぶって頭を両手で抱えるようにいうのが聞こえた。次に「アン・ドゥ・トロワ!」と言うんで、何が起こるのかと思ったら、3人の男が私の上にかぶさって壁を作ってくれた。それでも細かい雪の突風で、一瞬息ができなくなる。

お医者さんが降りてきた。食事の最中に呼び出されたのか(ちょうどお昼の時間だった)不機嫌な顔。
痛み止めの点滴をしようとしたが、血管が細くて注射針がさせないと更に不機嫌になる。三箇所も刺されてこっちもいい迷惑だ。
その上、深刻に寒くなって歯がガチガチ鳴り出した。点滴を諦め、部分麻酔の注射をしたお医者に、
「折れてるんですか?」と聞くと、
「しっかり折れている、手術が必要だ」という答え。
娘のバカンスを救えるかもしれない、という希望はここでぷっつり断たれる。
部分麻酔で痛みが和らいできたので、上半身を少し起こして、問題の脚を見た。
そして初めて、コトの重大さがわかった。脚は、解剖学上ありえない向きで、雪の上に投げ出されていた。


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プロフィール

Author:長谷川たかこ

この国に住もう!と決めたのは13歳のとき。それが実現したのは10年以上経ってから、それから30年の月日が流れました(計算しないで!)
現在フレンチ・コード主宰。訳書多数、著書3冊。夫1人、子供2人、猫2匹と暮らす騒がしい毎日。映画と料理とデビッド・ボウイが趣味。


長谷川たかこ

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