Archive

続・ナント一家5人殺害事件

“重要参考人”グザヴィエ・デュポン ドゥ リゴネスは15日以来行方がわからない。シェンゲン協定の国々に出ていた捜索願いは“全世界”に広げられた。
最後に南仏で見かれられたときは、ブロンドの女性が一緒だったとか。15日から行方不明になっている女性は、犠牲者より共犯者の色合いが濃くなってきた(と、犯罪小説のような口調になる私)。

操作の要のもうひとつは、一家がいつ殺害されたかということ。
近所のオバサンが、母親と7日に話したと言っているが、次男トマの友達の新しい証言がある。

グザヴィエと妻アニエス、4人の子供。左下がトマ
xavier.jpg
photo:AFP
トマは5日、アンジェに住むその友達の家に泊まりがけで遊びにきていた。音楽を聴いたり、パソコンゲームをしたりと、「トマはいつもと全然変わりなかった」
晩に父親から電話があり、「お母さんが自転車から落ちて怪我をした。大したことはないけど帰ってきて欲しい」
息子は遅い電車でナントに戻る。
翌日友達がSMSで様子を聞いたら、「僕は病気だ。戻れない」という返事。
その翌日のSMSにも「行けない。死ぬほど病気だ」という返事が返ってきた。
「トマは今まであんな短いSMS を送ってきたことはなかったし、ピリオドは絶対打たなかった。あれは彼の文章じゃない」と友達。父親が代わりに返事をした、ということ・・・?想像するのも恐ろしい。

一方、グザヴィエを見かけたという通報は殺到していて、それを一々信じていたら、警察も身が持たない。でもアンティーヴのパン屋から通報があったときは、信憑性ありと2人の警察官が飛んでいった。身分証明書を確認したら、グザヴィエ(50歳)より15歳も若い、ただのそっくりさんであった。


にほんブログ村 海外生活ブログ フランス情報へ
↑ランキングに参加しています。クリックしていただけたら嬉しいです
スポンサーサイト

ナント、一家5人殺害事件

復活祭の3連休前、ロワール県のナントで、母親と4人の子供(20歳から13歳)が殺され、家の庭に埋められているのが発見された。家族はみんなこめかみに銃を2発撃たれ、殺されたのは3週間近く前。
父親グザヴィエ・デュポン デュ リゴネスは行方不明。

1726958.jpg

間もなく、子供の学校や母親の職場に「急な転勤でオーストラリアに行くことになった」という手紙が送られていたことがわかり、計画的な殺人の雰囲気。
さらに、グザヴィエの愛人だったという女性が “事件を知って身の危険を感じた”と警察に通報。彼が相当の借金を抱えていて、1年前に5万ユーロを貸したことを打ち明ける。
グザヴィエ・デュポン デュ リゴネスは自称、旅行代理店経営。オフィスはなく、社員もなく“フランスあちこちの顧客周り”といって、月曜から金曜まで家を留守にしていた。
その間に愛人との二重生活を送っていた・・・ところがもう1人、グザヴィエと関わったらしき女性が行方不明になっていることがわかり、安否が心配されている。
グザヴィエは、亡父から譲り受けたライフルを持っていて、2月から射的場に現れて熱心に練習していたこと、最後に来たときは下の子供2人も連れてきていたことも判明。家族を撃った銃は、グザヴィエの銃と一致する。
さらに彼が、スコップや手押し車を購入していたことも証言された。

2人の愛人、虚構の仕事、借金・・・家族に隠し続けていた実態がバレそうになって一家を殺してしまう。小説のような事件。
妻や実の子供を殺してしまうのは背筋が寒くなるが、20年間、夫のウソに気づかなかった妻も想像を超える。
疑いは持っていたけど真実を知るのが怖かったのだろうか。子供たちも「父親の何をしているのかよくわからない」と言っていたそうだ。
捜査が進むうちに、“病院の研究者”と偽り通し、1993年にウソがばれたときに妻、子供、両親を殺したジャン=クロード・ロマンの事件に似てくる。一家を殺した後、パリの愛人宅にやってきたが、愛人は危険を感じて逃げ出した。
この事件はニコル・ガルシアがダニエル・オートゥイユ主演で映画化している(『Adversaire』日本未公開)。

グザヴィエ・デュポンはヨーロッパ中に捜査願いが出ている。写真で見る限り優しい感じで、イイ男の部類に入るかも。

“優しいパパ”と娘のアンヌ
xavier_et_anne.jpg

4月12日にアヴィニヨン近くの5つ星ホテルのスイートルームに泊まり、翌晩はFormula 1という安ホテルに泊まり、車を乗り捨て、その後の行方はわかっていない。


にほんブログ村 海外生活ブログ フランス情報へ
↑ランキングに参加しています。クリックしていただけたら嬉しいです
Centre Commercial(ショッピング・モール)という名のコンセプト・ストアの噂を聞き、ふざけたネーミングと思いつつ行ったみた。サン・マルタン運河近く、田舎の家を素敵に改築したような店内には服、バッグ、靴、本、家具、自転車・・・コスメも少しある。
服は知らないブランドが殆どだが、私の好きなマリンボーダーのSaint Jamesサン・ジェームス、今時なかなか見つからないベーシックなセーターのS.N.S herningなど、懐かしい温もりのあるものが並んでいる。
当然、どんな視点で選ばれているのか知りたくなる。

cc2_430.jpg

男性スタッフ(すごく感じのいい)に尋ねると、自然素材、エコロジーにこだわり、ヨーロッパで作られているブランドというお返事。つまり多くの有名ブランドがやっているように、人件費の安い中国や台湾で作っていないということ。
そういえば、ラジオでジーンズの値段についてのけぞるような話を聞いた。
有名ブランドのジーンズの殆どは中国で作られ、工場出の値段は3~5ユーロ(!)。マルセイユまでの船がジーンズ1本あたり1ユーロ、通関に40セント。すなわち一番高くて6ユーロ40セントでフランスに着く。それがどうして150~200ユーロ、またはそれ以上で売られるか、というと、マーケティング、広告宣伝費、ブランドネームの付加価値(すなわち利潤)だそうだ。
このように暴利を貪ることをせず、地元労働者に正当な賃金を払い環境保護にも気をつけているブランドが選ばれているわけだ。

ブロカントの家具も置いている。懐かしいデザインと手触り。
CC_430.jpg

当然、誰が考えたコンセプト?と聞きたくなる。スニーカーのVejaという答え。
Vejaの製品はブラジルのオーガニックコットンを使ってブラジルで作られている。

植物染色の革、色が綺麗。買ったことのないブランドだ。
viewer2_430.jpg

船でル・アーヴルに着いた製品は、河川を通ってセーヌ河にたどり着き、Atelier Sans Frontiere(国境なきアトリエ)の手で荷降ろしされる。これはもと受刑者、もとアルコール依存症患者の社会復帰を助ける団体だそうだ。
お店で売っている中古の自転車もこの団体の人たちが修理したもの。

異常に高いブランド品の値段設定や、不健康で不平等な経済循環に反対し、次の世代のことを考えたコンセプトに、私はひたすら「へえー」「ほう・・・」「はー」を連発し、何も買わずにお店を出た。

Merciは利益をマダガスカルの恵まれない子供たちに送っている。
Centre Commercialは、生産過程で地域労働者や環境を護り、広告宣伝をしないで値段を押さえている。
物が溢れブランドの付加価値がもてはやされた時代から、考えて選んで提案する姿勢が注目される時代になってきたということだ。


にほんブログ村 海外生活ブログ フランス情報へ
↑ランキングに参加しています。クリックしていただけたら嬉しいです

“世界で一番古い職業”の危機

世界で一番古い職業ってナンだ?と聞かれたら、猟師とか漁師・・・?と答えるけど、正解は娼婦。少なくともフランスではそういわれている。
最近、フランスの売春事情を調べている議員たちが「お客に責任の一旦を担わせよう」と言い出した。具体的には、3000ユーロの罰金から禁固6ヶ月の罰を課す、というもの。

フランスで売春をしている人は1万8000~2万人、しかし実際の数字はこれにゼロをひとつ足したものといわれる。このうち80%が女性で、同じく80%が外国国籍。未成年者は4000~1万人。

prostitue.jpg
写真:lefigaro.fr

「そんな法律、実現不可能よ!フランスの家庭に罰金や裁判所出頭の通知を送りつけて、みんなを離婚させようっていうの?!」と怒るのは、この道42年でまだ現役、ブーローニュの森を仕事場にするミッシェル。そんなことをしたら、娼婦たちはお客に迷惑がかからないように、さらに隠れて仕事をするようになる、と言う。
ミッシェルに同調するのは売春労働組合:そんな法案は、娼婦・娼夫をさらに孤立させ、結果的に不法労働者や犯罪組織を優遇することになる、と。確かにそうだ。
第一、フランスで売春は軽犯罪ではないので、そこから変えなくてはいけない。法案を提出した議員さんたちは張り切っているけど、実現は難しそうだ。

私たちが今のアパルトマンに越してきた15年前、うちの向かい側を“仕事場”にしている娼婦がいた。
推定年齢60歳。朝10時に出勤してきて夕方6時頃まで道に立っていて、近所の人とおしゃべりしたり、時々通りかかる警官ともお友達だった。私もよく立ち話をした。
小学校1年生だった息子には「管理人のオバサン」と言っておいたが、ミニスカートに網タイツ、付けまつげで、ゴミ箱もださない管理人を不思議に思っていたらしい。

64歳で彼女は引退し、郊外で老人の介護の仕事をする、と去っていった。色々な形で“人の世話”をするのが好きな、頼もしいオバサンだった。
彼女もミッシェルという名前だったことを思い出した。


にほんブログ村 海外生活ブログ フランス情報へ
↑ランキングに参加しています。クリックしていただけたら嬉しいです

運命は変えられるか?

若き政治家デヴィッド・ノリスは、最年少上院議員候補として選挙戦を突っ走っていた。が、破廉恥なスキャンダルが新聞に暴かれ支持率は落下する。ところが、そのお陰で、男子用トイレに隠れていた(?)エトワールダンサー、エリーズと出会い、激しい恋に落ちる。

運命的なトイレの出会い
アジャストメント

何かを失うとき、得るものがある、と喜ぶのも束の間。謎めいた男達が付きまとい、彼女との関係を阻もうとする。
この男達、実はデヴィッドの“運命”のエージェント。
彼らが持つノートにはデヴィッドの運命路線図が敷かれ、「x月x日朝、コーヒーをこぼしていつものバスに乗り遅れる」に至るまで決められているのだ。
エリーズとの出会いは、予定された彼の運命とは異なると、エージェント達は、何が何でも阻止しようとする・・・

「ちょっとそれは筋書きにないぜ」と付きまとうエージェント
アジャストメント

日本では5月16日公開の『アジャストメント』(フランス語タイトルはl’Agence)。フィリップ・K・ディックの原作とも知らず、マット・デイモンとエミリー・ブラントというキャスティングに惹かれて観にいった私。

“エージェント”がIpadのレトロ版のようなノートを取り出したとき、ヤダ、SFなんだ!SFって入れないときは入れない、と一瞬シラケたのだが・・・結局シラケる必要はなかった。

このエージェント達の“操作”を、ある人は“運命”とか“宿命”と呼び、“神の定め”という人もいるだろう。でもひたすら辿りたい道があれば、運命に流されず切り開いていける、というメッセージ。クラシックなテーマではあるが、前向きな余韻を残す。

主役2人に因るとこも大きいと思う。クリント・イーストウッドの『ヒアアフター』ではあまり魅力が発揮されていなかったマット・デイモン。この作品では、全身から“前向き”を発散、この人が全力疾走する姿は見とれてしまう。
Wild Target』(仏タイトル:Petits Meurtres a l’anglaise)ですっかりファンになったエミリー・ブランド。ラテン系な美しさとちょっとひょうきんな持ち味が、他にない魅力だ。

運命から逃れようと走る。
アジャストメント

心のどこかに元気をくれる作品、特に元気が欲しい今、お奨めです。

『l'Agence』ジョージ・ノルフィ監督作品
フランスで公開中

にほんブログ村 海外生活ブログ フランス情報へ
↑ランキングに参加しています。クリックしていただけたら嬉しいです

忘れ果てた英語とお料理教室

小サイトで紹介している「パリのアパルトマンでお料理教室」が『虹色ジーン』という番組に“出演”することになった(と書いている頃には放映は終わってしまった!9日の朝8時半からでした)。新しい先生が加わったので、体験させてもらうことに。

突然訪れた初夏のような陽気。外は「ここはビーチか?!」と言いたくなる露出度の女の子と、「天気を確かめず出てきてしまった」という厚いコート姿の人が混じりあった光景だ。

日当たりのいいマルト先生のキッチンは汗ばむくらい。長い冬の後には心地いい。
この日はアダム君というオーストラリアから来た生徒さんがいた。お料理教室はお父さんとお兄さんからの誕生プレゼント。メルボルンの法学部の学生で、パリに来る前は中国、日本に滞在していたとか。
3月11日は日本の、弁護士のお兄さんがいる豊田市に滞在していて「被害はなかったけど、みんな一日中テレビに釘付けだった」
もっと色々聞きたかったけど、私の英語力!単語が出てこない。その昔、アメリカの大学に1年通っていて普通に話していたのがウソのようだ。言葉は草花と同じ、毎日“世話”をしないと枯れてしまうってこと。
アダム君は「フランス語は少し」。日本人の場合、「少し」と言っても結構しゃべれたりするもんだけど、彼は文字通り少しだ。勢い漫才のような会話になって、マルト先生は笑いをかみ殺していた。

eleves_430.jpg

ロンドンのアンティーク屋で見つけたという秤。美しい!
balance_430.jpg

試食のとき、先生が面白いエピソードをいくつか話してくれた。3人グループが間際でキャンセルし、マレーシア人の女性が1人という日があった。材料も買ってあるしレシピも4人分なので、4人分作った。終わったとき、その女性が「残ったものを持って帰っていいですか?」
聞けば、家族5人が待っているという。
「でも入れるものがないわ・・・」と先生。
「心配しないで!」
彼女は近くのスーパーに駆けつけ、タッパウエアを買ってきて、残った前菜、メイン、デザートを全部詰めて持って帰ったそうだ。
お料理コンクールに出場する準備で教室にやってきたイギリス人。
映画『ブラックスワン』でニナのライバルを演じるミラ・キュニスがパリ滞在中に来て、すごく喜んで帰った・・・

アパルトマンでのお料理は料理学校より和やかな雰囲気。先生や他の生徒さんとのコンタクトも親密だ。
デザートのアップルパイの残りをおみやげにもらった。

tarte_430.jpg

「小麦粉のメーカーを変えたら皮がいつもより固い。ごめんなさい」と先生は言っていたが、子供たちが奪い合う美味しさだった。


にほんブログ村 海外生活ブログ フランス情報へ
↑ランキングに参加しています。クリックしていただけたら嬉しいです

フランス中学生日記

「1930年代のフランスの政党とそのスローガンは?」
「人民戦線はどうやってできたか?」
フランス人が初めてバカンスを取れたのは1936年、最初は年間2週間だったなんて知らなかった。
「ヒトラーの政策とナチスの勝利について述べよ」・・・
娘の試験勉強に付き合って、忘れ果てていた歴史のおさらいをするはめになる。

中学から高校に行くとき、中学の修了試験なるものが6月にあり、その模試が月曜と火曜にあった。
模試の結果も平常点の平均(20点満点)に加えられ、平均点次第で行ける高校が決まる。平均14,5点だったらxxxの高校に行ける、という具合。
子供たちの公立中学には高校もあって、息子のときは125人中100人がそのまま高校に入った。
ところが、映画『パリ20区 獏たちのクラス』に描かれているような教育問題地区が増え、勢い問題地区じゃない高校への志願者が増えている。
高校側も「あまり勉強しない地元の生徒よりも遠くから来る優秀な生徒」が欲しいので、去年などは125人中25人しか同じ高校に行けないという狭き門になった。
必要最低限しか勉強せず、合格点スレスレで要領よく生き延びてきた息子。一方、ちゃんと勉強して平均点も兄貴よりいい娘のほうが危ういという不公平な世界だ。

高校は道を挟んで向かい側なのに、入りづらくなった・・・
college2.jpg

髪振り乱し、お風呂に入る時間も惜しみ、部屋はグチャグチャで復習して-深夜1時まで付き合った私も疲れた-模試が終わり、友達とハンバーガーを食べに行き大いにはしゃいで、その翌日から、3日間の「研修」が始まった。

これは新しいカリキュラムで、中学最終学年に、どこかの会社やお店で3日間の仕事体験。親の会社は避けること、できれば将来やりたいことに関係したこと、という条件だけど、中学生の子守をしてくれるところはそんなに簡単に見つからない。
絵を描くのが大好きな娘は、アーティストのアトリエに行くことになってゴキゲン。友達の一人は(他に見つからなかったので)薬局、もう一人は(近くなので)楽器屋さん、ジャン=ポール・エヴァンの調理場というラッキーな女の子もいる。

研修が終われば復活祭の休みになり、最後の学期に突入する。
時の経つ早さにギョッとする私だ。


にほんブログ村 海外生活ブログ フランス情報へ
↑ランキングに参加しています。クリックしていただけたら嬉しいです

言葉にするのは難しい

原発事故について日仏の報道の差が問題になっているけど、日本のメディアもリンクをたどっていくと、結構同じようなことを言っている。
ただタイトルは、フランスが“ますます深刻化”なのに対し、日本は“心配しなくて大丈夫”なトーン。
両国の国民性を考えるとパラドクサルだ。大騒ぎしがちなフランス人にこそ“大丈夫”でいいのでは?
まあメディアもフランス製だから、その言葉も国民性を表すということだ。

震災直後、日本人の冷静さ、強靭さ、節度に驚き、感嘆していたフランス人は、今、「なぜそうできるのか」分析の段階に入っている。
分析1:日本人がこういう災難がいつか来ることを知っていたから。彼らは生まれてからずっといつか大地震がくると“教育”されている。
2:その奥底には“現世ははかない”という認識がある。といっても運命論や諦めではなく、コントロールできない物事をありのままに受け入れる、という姿勢だ。
3:さらにその根底には、日本人の精神に根付いている神道の思想がある、というのは、日本文学を25年間出版しているフィリップ・ピキエ氏。

そんな風に考えたことはなかった。

神道の神様は草や木などあらゆるものに宿り、人間の日常生活の色々なシーンを見守る神で、キリストやマホメットのようなカリスマ神が頂点にいる宗教とは構図が違う。

WIKIPEDIAに行ってみると、神道の神とは、
「自然を感じ取り、そのもののままでは厳しい自然の中で、人間として文化的な生活を営むのにふさわしい環境と状態を、自然との調和に配慮しながらバランスを取り調節して行き、人民生活を見回って、生活する為の知恵や知識のヒントを与えたり、少し手伝ってあげたり、体や物を借りた時や何かやって貰った時などには少しお礼をしたり。それが、日本の「神(かみ)」がやっていた仕事の一つである・・・」
なるほど。これは励ましあい助け合って、知恵を出し合って不自由な生活に耐えている被災地の人たちの姿そのままではないか。
政府の言うことがあまり信用できなくなっても、被災者の援助や国の復興に“自分が必要とされている”という暗黙の認識がある。それが地域社会の団結を作り、それが集まって日本の強い団結と力を作っているのだと思う。

長く外国に住んでいる私が、この特質を持っているか定かでないけど、世界的評価を高めている日本人を素晴らしいと思う。

震災以来、驚愕、不安、賞賛、そこにいない自分に何ができるか、などの思いが錯綜し、それを言葉にするのがとても難しい。

にほんブログ村 海外生活ブログ フランス情報へ
↑ランキングに参加しています。クリックしていただけたら嬉しいです


プロフィール

Author:長谷川たかこ

この国に住もう!と決めたのは13歳のとき。それが実現したのは10年以上経ってから、それから20年の月日が流れました(計算しないで!)
現在フレンチ・コード主宰。訳書多数、著書2冊。夫1人、子供2人、猫2匹と暮らす騒がしい毎日。映画と料理とデビッド・ボウイが趣味。


長谷川たかこ

カレンダー
03 | 2011/04 | 05
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
最近の記事
カテゴリー
おすすめ書籍
RSSフィード
おすすめコスメ
フランスに行くなら
プロヴァンスの田舎町をまわる1日
アーカイブ