Archive

UMP:喧嘩から自殺行為に

前回のお話はこちらを。
日曜日にコペVSフィヨンの仲裁を試みたジュッペさんだが、どっちも譲らず話にならん、と45分足らずで会談は打ち切り。「テンション高く時に声を荒げることもあった」と。
ところが、会談から出てきてインタビューに答えたコペは、「話し合いは非常に和やかな雰囲気の中で行われた」だって!よくもここまで見え透いたことを。ニュースショーのキャスターまで爆笑していた。

月曜日、フィヨンとサルコジが一緒に昼食。実はサルコジがコペを押しているというもっぱらの噂。5年後の大統領選で自分が帰り咲くにはコペを総裁にしておいたほうが操縦しやすいから・・・でもサルコジはフィヨンに再選挙を薦めたとか。カモフラージュ?

その晩、上訴委員会がまたまた“新たな”開票結果を発表:952票差でコッペの勝ち。
監視委員会にしろ上訴委員会にしろ、どうして毎日コロコロ数字が変わるのか?と思いますよね。
これらはUMP内部の委員会で全然中立じゃないってこと。第一、正確な開票結果の数字は公表されない。そこまでコペ派、フィヨン派でグジャグジャになっているなら、もう解体するしかないじゃない?
この結果の直後、記者会見したコペは、
「・・・というわけで、前回より多い票差で私が総裁になりました」とニッタリ。
「しかし、勝者、敗者はここでは問題でない(じゃ、なぜこれほど固執するの?)。大切なのはUMPというファミリーです(マフィアの?)。私たちにはフィヨン君が必要だ(出たー)」
ほんとにこいつは虫が好かない。“コペの自殺行為”という噂を信じたいが、フィガロ紙のトップは『UMP:自殺実況中継』

コペVSフィヨン

引っ込みがつかないフィヨンはUMPの中に別のグループを作ることに。マイクを向けられた議員たちは「僕はこっち」「私はあっち」・・・
世界で色んなことが起きているっていうのに、フランスのメディアはこの10日間コレばっかなのだ。バッカみたい・・・


ランキングに参加しています。お気に召したらクリックしてください。
にほんブログ村 海外生活ブログ フランス情報へ

にほんブログ村 海外生活ブログへ
にほんブログ村

スポンサーサイト
UMP(国民運動連合)総裁の席をめぐってジャン=フランソワ・コペとフランソワ・フィヨンの勝利争いがニュースの冒頭に現れない日はなかった1週間。新聞連載小説みたい。でも外国ジャーナリストもあきれる“内部抗争”、面白がってる場合じゃない。

UMPは2002年にシラク元大統領が立ち上げた中道・保守右派政党で、アラン・ジュッペ、ニコラ・サルコジらが総裁を務めてきた。
新総裁の候補者はコペ(左)とフィヨン、何ヶ月かの選挙運動の末、ついに投票日。

UMP総裁選挙、コペとフィヨン

11月18日:全国30万人の運動員が投票。予想では元総理のフランソワ・フィヨンががぜん優勢・・・だったけどフタを開けてみるとかなりの接戦。
23時にコペ陣営が「1000票差で勝利!」を叫べば、フィヨン側は「224票差で勝利!」を宣言。そんなこと数学的にあり得ないでしょ!

19日:コペ側はアルプ・マリティム県とパリ16区でフィヨン陣営がズルした、と言いだし、フィヨン側は「オワーズ県、アルプ・マリティム県、トゥールーズ・・・でコペ側が不正行為をした」。
どっちが本当のことを言っているのかわからない監視委員会は「数え直すしかない」。
コペはいかにもズルしそうな感じだけど、“真面目”が服を着たようなフィヨンまでが不正なことをやってたらしい。政治家はどいつもこいつも・・・

夜遅く、98票差でコペ勝利、が伝えられる。

20日:口が耳まで裂けるほどニッコリのコペ、顔が引き攣ったフィヨン。コペはフィヨンに副総裁の椅子を提案するが・・・

21日:フィヨン巻き返し!海外領土権の1304投票が数え忘れられていた(こんな大事な選挙で“数え忘れる”ってウソ)、これを加えると僕の勝ち!というコミュニケを発表。

22日:「投票は行われ、結果は発表された。負け際の悪いヤツ」とコペ。「後ろ暗いとこがないなら、開票結果を公表しろ」とフィヨン。
どちらも譲らず、中傷大会になって”政党の危機”と党員までうんざり。フィヨンが長老アラン・ジュッペに仲裁を頼もうと提案。
14時、監視委員会がコミュニケ:やっぱり数え忘れがあった( !!)それを加えると結果が逆になるはず( !!!!)

23日:ボルドー市長のアラン・ジュッペはフィヨン派なので、コペ側は“2人が手を組むんじゃないか?”
フィヨンは「UMPは政党でマフィア組織じゃない」(似てるけどね)
結局ジュッペが日曜日に2人を呼んで“まあまあ・・・”と仲裁することになった。

喜んでいるのはもちろん社会党。オランド政権への批判の矛先が変わり、今まで揚げ足取りばかりしていた野党が内輪揉めに忙しい・・・ほっと一休止というわけだ。

ランキングに参加しています。お気に召したらクリックしてください。
にほんブログ村 海外生活ブログ フランス情報へ

にほんブログ村 海外生活ブログへ
にほんブログ村

「ダレソレの女」と呼ばれたくない

NYホテルでの強姦未遂事件で世界的に有名になったドミニック・ストラス=カンとアンヌ・サンクレール(元TF1の花形アナウンサー&ジャーナリスト)、かっての厚生相ベルナール・クシュネールとクリスティーヌ・オクラン(性格の悪さでも有名なベテランジャーナリスト)、忘れちゃいけないオランド大統領とヴァレリー・トリエルヴィレール・・・フランスには政治家&ジャーナリストのカップルが多い。政治家は忙しいから、ジャーナリストくらいしか出会う時間がないのかも。

2012年の大統領選候補にもなったアルノー・モンブール(現在、生産性向上大臣)とオードレイ・ピュルヴァール(カルチャー誌Inrockuptibles編集長)もそのテのカップル・・・だったんだけど、

アルノー・モンブール&オードレイ・ピュルヴァール

オードレイが日曜に「私たち別れた」とAFP(フランス通信社)にSMSを送った。「『・・・・の女』と呼ばれるのにウンザリした」が別れの理由。
それをニュースで聞いた人は概ね「なんでわざわざSMS!」「勝手に別れればいいじゃん」「誰も興味ないよ」という反応であった。
それに対し、オードレイ・ピュルヴァールは「そうね、3年来誰も私たちカップルの話なんかしなかったわよね」と皮肉たっぷり。確かに、2人の関係はゴシップ雑誌の常連トピックだったし、彼女がトークショーとかに出演するたび、私たちは反射的に「モンブールの彼女」の“肩書き”をくっつけていた。
でもその肩書きのお陰で有名になったんじゃない?

某新聞にすっぱ抜かれた”15000ユーロ(約150万円)のメガネ”も有名。
ダイアも入ってないし、どーしたらそんな値段に?

オードレイ・ピュルヴァール

「私たち別れた」SMS以前のインタビューでは、
「政治家のパートナーであることで、中立的なジャーナリストの仕事ができないのではと心配していた。でも現実には、私の上司も、その前の上司も、私を“モンブールのスポークスマン”としか見てくれず、中立なジャーナリストとして扱ってくれなかった」とか、
「・・・私がモンブールに影響されるのではなく、私が彼に影響を与えるといわれる(誰に?)。実際、私は彼より左寄りで、彼の政策を批判する記事を書くこともある」
要するに、並外れて大きいエゴ、根拠レスな自信の持ち主ってこと。モンブールさん、別れて良かったね!


ランキングに参加しています。お気に召したらクリックしてください。
にほんブログ村 海外生活ブログ フランス情報へ

にほんブログ村 海外生活ブログへ
にほんブログ村

モンクレール・ダウン物語

気温が下がってきたパリ。フォーブール・サントノレ通り5番地はお客さんがひっきりなし、と今週のELLEが書いていた。そう、ダウンの王様、Monclerの路面店。
Monclerは高級ダウンの代名詞になっていて、カフェを出るとき「ちょっと待って、モンクレール着るから」なんていう女がいるほど。「ちょっと待って、シャネル着るから」なんて言ったら、すごく嫌味だけど、モンクレールだと許されるわけだ。

綺麗な色が豊富。でも街で見るのは黒、白、ベージュ・・・が多い。

ダウン モンクレール


今年、創立60周年のブランドの成功の秘密は、ダウン=ぶくぶく、というイメージを塗り替えたこと。フランス産のガチョウの羽をギューギューという感じに詰め込んで、フォルムは年々スリムになっていく。私が10年位前にモンクレールと知らずに(そこを強調!)買ったダウンは今でも気に入って着ているけど、そんなにスリムじゃないしロゴもついていないので誰もわからない。

襟はこれに似ているけど、ウェストシェイプされていないし、羽の詰め込み方もゆるい感じ。10年前だものね。
Moncler-Doudoune-Femme-Zip-Avec-Ceinture-Fashional-Noire.jpg

Monclerは1952年にグルノーブルのフランス人2人が起こした“寝袋”の会社。
1954年に初めて“ダウンジャケット”が作られたけど、低温の工場で働く工員の作業着としてだったそう。
でも、軽くて暖かいジャケットはすぐに広まり、1968年、冬季オリンピック、フランス・アルペンスキーチームの公式ユニフォームに選ばれる。
1980年にはシャンタル・トマが呼ばれて、ストラスやジュエリーをつけたダウンを発表。続いてティエリー・ミュグレールやカステルバジャックが招待デザイナーになった。彼らがどんなダウンをデザインしたかは、まあ想像がつくもの。
その後なぜか衰退し、1992年には事実上倒産、あちこちに買収されたがパッとせず、2003年にレモ・リュフィニというイタリア人が買い取ってイタリア・ブランドになる。
高級・スリム・デザインをキーワードにしたレモさんのダウンは忽ち成功。モンクレールの年商は2003年の3500万ユーロから2011年の5億130万ユーロへ大飛躍した。

有名なBrillant Bady、光る素材のナイスバディは600ユーロとか。
2011 Nouveau! Moncler armoise femme doudoune rouge

個人的にはダウンは便利で軽くて好きだし、着方によってお洒落と思うけど、10代後半から20代前半には「好きじゃない」という人が少なくない。子供時代ダウンばかり着せられた反動?あんまりお洒落じゃないダウンが街に氾濫しているせい?
この前ネットで半値で手に入れたY-3のダウンベスト、得意げに子供たちに見せたら、
「袖がないのがヤボイ」
「田舎で着たら?」と言われ(シュン・・・)仕方なく田舎で着ている。

ランキングに参加しています。お気に召したらクリックしてください。
にほんブログ村 海外生活ブログ フランス情報へ

にほんブログ村 海外生活ブログへ
にほんブログ村

バービー、53歳!

オペラのデパートではイリュミネーションの点灯式が行われ、街にクリスマスの予感(時の経つのはなんて早い!)今年も何千万というバービーがツリーの下に置かれることだろう。娘もバービーに夢中になった時代があり(手や足をもいで親を心配させた)、またその昔、私もバービーが宝物だった。バービーちゃんが生まれたのは53年前だ。
1959年:Mattelの共同創立者、ルース・ハンドラーと夫のエリオットがNYの国際オモチャ市でバービーを披露する。果てしなく長い脚、くびれにくびれたウエスト、豊かなバスト・・・は、当時の中世的な人形とかけ離れていた、というより人間離れしていた。
1961年:バービー、ケンと出会う。彼らのラブストーリーは、他のカップルと同じく波乱があったけど2006年から再び一緒に暮らしているそうだ。

1962年のバービー。これなら欲しい!
barbie_1962_manteau_rouge_diaporama_large.jpg

1963年:宇宙に行った最初の女性、ワレンティナ・テレシコワを記念して宇宙飛行士のルックで登場。女性も男性と同じ職業につける!現代的で、時代とともに生きる女性を象徴。

『グリース』(1978年)大ヒットで、オリヴィア・ニュートンジョンそっくりのバービー。
トラボルタに似たケンは作らなかったの?
バービー

1993年:グレヴァン博物館に入る。
1997年:売れたバービー、10億個(人?)に達する。
2009年:50歳の誕生日を記念して、クリスチャン・ルブータンがコレクションの中からバービー用を作る。
barbie-louboutin-507x358.jpg

ルイ・ヴィトン、クリスチャン・ラクロワ、カルヴァン・クライン、ディオール・・・50人のデザイナーが50歳記念のドレスをデザイン。どんな大映画スターにも、これほどの栄誉は受けなかった・・・

クラシックなディオール、すごーく素敵。
バービー、ディオール

ラガフェルドのシャネルスーツ。
barbie_en_chanel_diaporama_large.jpg
顔までヴェルサーチになってる・・・
B3457.jpg

2012年:顔立ち、プロポーション、服装・・・時代とともに進化するバービー。テレビや映画にも出演する(え?!)Photoshopで修正しまくられた広告にうんざりし”本当の姿”のモデルを求める傾向なのに、バービーは不況知らず。
今年のバービーはカメラを持って登場し、それで撮った写真でTシャツがカスタマイズできるんだって。
コレ、なんかつまらない。もっと年齢相応にしたほうがいいんじゃない?
Qui-es-tu-Barbie_exact780x1040_p.jpg

あー久しぶりでバービーと遊んだ!

ランキングに参加しています。お気に召したらクリックしてください。
にほんブログ村 海外生活ブログ フランス情報へ

にほんブログ村 海外生活ブログへ
にほんブログ村

甲殻類と貝:フランス語では-なぜか-fruit de mer(海の果物)と呼ばれる貝、牡蠣、海老、カニ・・・冬、大きなプレートに山盛りになって出てくるあのメンバーだ。ドコサヘキサエン酸(魚類に多く含まれる不飽和脂肪酸)とエイコサペンタエン酸というウソみたいな名前の脂肪酸が含まれ、フリーラジカルを阻止し、角質層を内外の刺激から護る、と言われている。特に前者のドコサヘ・・・酸は魚類に豊富で、日本人は多く摂取していたけど肉食が増えた近年、サプリメントとして登場しているとか。

キウィ:ビタミンCの多さでは1位。ビタミンCは皮膚中のコラーゲン生成を助け、そのコラーゲンは皮膚の弾力性を保ち、つまりたるみを防ぐ。ビタミンCをたくさん取っている女性ほどシワが少ない、というアメリカの調査結果あり。

フランスでは5個で1.5ユーロとか、心配になるくらい安い。

food_kiwi_fruit.jpg

緑茶:凍らした緑茶が目の腫れに効くのは知られているが(知らなかった!)、緑茶は体内の毒素を除く働きがあり、肌のくすみや疲れ顔を防ぐ。日本人は緑茶をたくさん飲んでいる、だから肌が綺麗なんだ、と思ったけど、日本では日本茶のことを緑茶と呼ぶので、それがここでいう緑茶(thé vert)と同一人物であるか定かでない。
緑茶に含まれるエピガロカテキンが肌を紫外線のダメージから護ることは、ネズミを使った調査で立証されているとか。いくらなんでもネズミの肌とは違うから、あまり説得力のある“立証”ではない。

オリーヴ・オイル:食べ物では脂肪の取りすぎに注意と言われているけど、美容的には脂肪酸が足りないと乾燥し“ワニのような”肌になる。オリーヴ・オイルに含まれているリノール酸は善玉で、肌の水分を保つ働き。

赤い果物:とよばれる果物のうち特に苺、フランボワーズ、ブルーベリー(赤くない!)はフリーラジカル妨げ効果が高く、肌の老化と戦う。収れん、浄化作用があるそう。
シーズンじゃないけど、冷凍イチゴやフランボワーズが結構美味しい。Picardでは赤い果物ミックスで売っている。

fruits_rouges.jpg

しかし、日本に帰る度に日本女性の肌は綺麗だと思う。一体何を食べてるからなんでしょう?

ランキングに参加しています。お気に召したらクリックしてください。
にほんブログ村 海外生活ブログ フランス情報へ

にほんブログ村 海外生活ブログへ
にほんブログ村

同性の結婚を合法化する、はオランド大統領が選挙戦のときから約束していたこと。安楽死とか外国人に投票権(これは当然として)とかオランドさんは議論になりそうなことばかり約束していたもんだ。

mariage-gay.jpg

一方、女性同士の場合はウェディングドレスが2着必要になる・・・

mariage_gay2.jpg

パックスから12年。同性の結婚と養子を取る権利について左派、右派、教会、市民団体・・・が賛成・反対を叫んでいる。と言っても論点は予想できるもの。
賛成:人間はみんな平等。すべての人に結婚し、養子を取る権利を。
私たちは離婚を、中絶を認めてきた。今、家族は崩壊し再構成され、シングル親、同性の親が増えているのが現実だ。法律は現実の状況に適応するよう改正されるべきだ(というと、じゃ犯罪が増えてきたらそれに応じて犯罪を合法化するか、という反論が出そうだけど、そこまで“議論のための議論”にはなっていない)。

反対:子供のアイデンティティ確立と人格形成には母親と父親が必要。子供の権利を護れ(結婚の目的は子供を作ることだけじゃない。もしそうなら、子供ができない夫婦は別れるべきということになる、という反論はある。)

目下、賛成が過半数だけど1年前の世論調査に比べて反対派が増えている
その理由は:
左派政府が法案を通そうとしているんで、右派が足を引っ張っている。
フランスはカトリック国なんで、司祭達が束になって反対している、などなど。
それにしても・・・政教分離で結婚は民法で定義づけられているもの。聖書に“結婚は男と女の間でしかしてはいけない”と書いてないし、なぜ教会が口を出すんだろうね。

オバマが再選されたとき、10歳の女の子がオバマ大統領に送った手紙が記事になった。
『あなたが、わたしの2人のパパが愛し合うことに賛成なのを知ってとてもうれしいです。でも学校では友達が、それはヘンだとか淫らだとかいいます。わたしはどうすればいいの?』
という可愛い手紙に、オバマさんは、
『君も私も、人間が、外見の違いに関わらず生まれながらにして平等である国に住んでいて幸せだ。(・・・・)自分が人にしてもらいたいように、人にもしてあげるのが正しい振る舞いだと思う。友達から傷つくことを言われたとき、このことを思い出して欲しい』
もともと“オバマリアン”(オバマ・ファンをこう呼ぶんだって!)が多いフランスで、同性結婚合法化が騒がれているタイミングにこのエピソード。さらにオバマリアンが増えたに違いない。という私も明け方4時にラジオをつけ「勝った!良かった!」と再び眠りに落ちた1人だけど。
同性の結婚を民法で認めるのはアリだと思う。じゃ自分の子供が同性と結婚すると言い出したら、やっぱりかなり当惑するだろうな。しかし・・・何が幸せかは本人にしかわからないこと、親や周囲が決めることではない。

ランキングに参加しています。お気に召したらクリックしてください。
にほんブログ村 海外生活ブログ フランス情報へ

にほんブログ村 海外生活ブログへ
にほんブログ村

眼科医をくどく法

夏前から瞼がアレルギーになり、ちょっと腫れている。
「ね、腫れてるでしょ?」と友達に聞くと「ううん、いつもと同じ」と傷つくことを言われるけど、私の“正常な”眼はこんなんじゃない。その上痒みもあるんでうっとうしい。コンタクトレンズが合わないのかも。
で、眼科医に電話すると、予約は2ヶ月以上先だと。先生がバカンスなんだろうか。ま、大した事ないから、と2ヶ月待って、9月初めに電話すると、また2ヶ月先。腹が立って「そんな待てませんから他所に行きます!」と電話を切ったが、他所に行くって・・・どこに行く?

パリにはQuinze Vingt(キャンズ・ヴァン)と呼ばれる眼科の救急病院がバスティーユのオペラ座裏にある。予約なしだから本を持ってでかけていった。待合室には20人くらい待っていて、インターン風の若い眼科医3人がバサバサと患者をさばいている。
1時間以上待って診察は5分。「アレルギーですね」と目薬と塗り薬の処方箋をくれて、診察料9ユーロ(眼科医だと60~70ユーロ)!なーんだ、こういうテがあったのね、とゴキゲンで帰ってきた。

ところが、アレルギーは少し治まったかと思うとぶり返す。仕方なく「他所に行きます!」といったかかりつけの眼科に電話。「あの、瞼が腫れて・・・」と言いかけると「じゃ、今日の午後いらっしゃい」!!“2ヶ月先”を予期して反論を準備していた私は拍子抜けして受話器を取り落としそうになった。

待合室で1冊目の週刊誌半ばで先生が現れ、
「おお、久しぶりじゃないか」よく言うよ。
「だっていつ電話しても2ヶ月先って」
「電話したとき何て言ったの?」
「最初のときは、コンタクトが合わなくなったんで処方箋が必要だって・・・」
「そう言ったら2ヶ月先だよ。“緊急です”って言わなくちゃ」
「緊急じゃなくても?」
「そう」
ちなみにキャンズ・ヴァンが処方した塗り薬は、一時的に抑えるだけであまり長く使ってはいけないんだと。
ついでにコンタクトの処方も試みる。
「この前、夜道でばったり会ったでしょ。あの時、先生が手を振らなかったら、誰だかわからなかった」
「そりゃ大変だ。視力を調べよう」
上手くいったぜ!

100_4236.jpg
「やっぱりAAAに見えますが・・・」「なぜもっと早く来なかったんです!」

さてなぜ眼科の予約を取るのが大変か、というと数が足りていないからだ。パリでは人口3000人に1眼科、平均100日待ち。地方では26000人に1眼科で、6ヶ月待ち。地方からパリの眼科まで来る患者も少なくないらしい。
なぜ数が足りないか、というと医学部のヌメルス・クラウズス(入学制限)が厳しくなり、90年代に医学生が著しく減った。近年その制限が緩和されたけど、眼科医になるのは10-12年かかる・・・
さらに眼科医など専門医は診察料が高く(60ユーロ~)そのうち健康保険で返ってくるのが15.1ユーロだけ。いきおい富裕者の多い大都会に集中する。

目は大事(心の窓!)だし、どんどん老齢社会になるし、眼科医不足は由々しき問題。“緊急です”のテクを教わったものの、いつも使っていたら、ほんとに緊急のときどうなるんだろう?とイソップの『オオカミと少年』を思い出す私。

ランキングに参加しています。お気に召したらクリックしてください。
にほんブログ村 海外生活ブログ フランス情報へ

にほんブログ村 海外生活ブログへ
にほんブログ村


プロフィール

Author:長谷川たかこ

この国に住もう!と決めたのは13歳のとき。それが実現したのは10年以上経ってから、それから20年の月日が流れました(計算しないで!)
現在フレンチ・コード主宰。訳書多数、著書2冊。夫1人、子供2人、猫2匹と暮らす騒がしい毎日。映画と料理とデビッド・ボウイが趣味。


長谷川たかこ

カレンダー
10 | 2012/11 | 12
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
最近の記事
カテゴリー
おすすめ書籍
RSSフィード
おすすめコスメ
フランスに行くなら
プロヴァンスの田舎町をまわる1日
アーカイブ