Archive
経済政策では評判の悪いオランド政権だけど、8月26日に発足した新内閣の顔ぶれはなんか期待が持てそうだ。まず若い大臣が目立つ。
2012年、39歳で中小企業担当相になったフルール・ペルランはソウル生まれ。生後4日で親に捨てられ、孤児院に託された。名前はKim Jong-suk。6ヵ月の時、フランス人夫婦が養子に取り、Fleur(花子)ちゃんとなる。
頭がいい上、ガンバリ屋の花子ちゃんは、16歳でバカロレア取得(つまりどっかで飛び級してる)。ESSEC(エセック経済商科大学院大学)→パリ政治学院→ENAと、名門グランゼコールを総ナメ。ヴァルス第二内閣で文化・コミュニケーション大臣に。
フランス政府で“初めてのアジア人大臣”!というドラマチックな上昇ストーリー。私生活ではフランス人の夫と子供1人。

最近出回っている脚線美の写真。
新文化相フルール・ペルラン

36歳で経済相になったエマニュエル・マクロン。アミアン出身で両親はお医者さん、高校でパリの名門校アンリⅣに転校し、 高得点でバカロレア取得→パリ政治学院→フランス国立行政学院(ENA)。
2002年から社会党党員になり、2006年にフランソワ・オランドと出会う。
一時は銀行(ロスチャイルド)に勤め、給料はすごかったが(政治家の10倍)長続きせず、2012年、オランドが大統領になってから“影の助言者”として重宝がられた。今回、日向に引っ張り出されたわけ。
政治歴史上、2人目の最年少経済相(一人目は1962年、36歳で経済相になったジスカール・デスタン)。
私生活では高校時代のフランス語の先生と2007年に結婚。20歳年上!というから、36+20=56歳。同年代の女性たちが期待に目を輝かせそうだ。

そう言われて見ると、年上が好きそうな風貌・・・

新経済相エマニュエル・マクロン

週末は孫(奥さんの連れ子の子供)と遊ぶとか。

そしてこの可愛い顔のナジャ・ヴァロー=ベルカセム、36歳、モロッコ出身。
5歳のとき、フランスの建築現場で働いていた父親のもとへ。

新教育相ナジャ・ヴァロー=ベルカセム

高校までアミアン(彼女も!)→パリ政治学院。ENAには2度失敗するが、アルノー・モントブールの大臣官房にいた将来の夫に出会い、政治の道へ。フランソワ・オランドの大統領選ではスポークスマン(ウーマン)、当選後はエロー首相内閣の女性の権利相、ヴァルス第一内閣では女性権利・青年・スポーツ相。そしてこの度、モントブールに同調して“クビになった”ブノア・アモンの後釜、教育相に。
「共和国の歴史上、初めての女性教育相」。私生活では夫と子供2人(双子)。

社会党は、伝統的社会主義の理想派(主に年寄り)と、今の時勢、経済情勢は、それではやっていけないという中道派(彼らのような若い世代)が対立している。これから主導権を握っていくのは、どう考えても後者。
移民やマザコン(?)をバシバシ大臣にしてしまうオランド=ヴァルス・コンビもなかなかのモン。これまでの低迷を挽回してほしい。


ランキングに参加しています。お気に召したらクリックしてください。
にほんブログ村 海外生活ブログ フランス情報へ

にほんブログ村 海外生活ブログへ
にほんブログ村




スポンサーサイト
性別、年齢、職業に拘わらず60%以上が「ブルー」と答える。ナント19世紀末から変わらない不動の一位で、これはフランスに限らず、ヨーロッパの国々、アメリカ、ニュージーランド・・・つまり西洋の国共通の「一番好きな色」だとか。
「一方、日本だと赤が一位で、ピンクが上位に上がってくる」とラジオで言っていたけど、ネットで見たら日本も男性は青が一位だった。

でもブルーは長い間、無視、または蔑視されていた色なんだそう。
古代で色といえば、赤・白・黒(古代エジプトのブルーグリーンを除いて)。製法が難しい色、ブルーは不在だった、ばかりか、古代ローマではブルーは“野蛮人の色”。青い眼の女性は“不幸な人生”、男性は“アホの印”とされていた(!)。

ブルーが台頭したのは7-8世紀。キリスト教の神は“光の神”というキャッチが考え出され、
「光は何色?」「ブルー!」
「神はどこにいる?」「天!」
ということで、ブルーが昇格、空がブルーで描かれるようになった。それまで空は、白、黒、赤、金で描かれていたそうだ。太古の昔から、空は青いもんだと思っていたら・・・

12世紀初めに、セギュール神父という人がサン・ドニの教会を再建するとき、“悪を排除する色”ブルーを選ぶ。ステンドグラスには当時すごく高かったコバルトブルーをふんだんに使った。これがルマンやシャルトルに波及して、有名なシャルトルの聖堂になったわけだ。
教会がプロモーション推進力になったブルー、間もなく国王もブルーを着るようになり、貴族の間でも流行色となる。ブルーの染色にはguèdeというアブラナ科の植物の葉が使われ、この需要が激増した。18世紀になると、ドイツの薬剤師がプルシアン・ブルーを作り出し、ブルーにニュアンスが生まれる。そして西インド諸島や中央アメリカから輸入されるインディゴ・ブルーの全盛。そして1850年、サンフランシスコのユダヤ人リーヴァイ・ストラウスがジーンズを発明。ブルーは世界的に、階級を越えて愛される色になった。

当時の権力(キリスト教会)が打ち出した色が、これだけロングヒットになった理由は、ブルーが、赤や黄色のように主張しない“無難な”色だから。空の色、海の色、風景に溶け込んでいる馴染みのある色だから。

国連やユネスコ、欧州評議会などの国際機関がロゴにブルーを使うのもこの理由から:文句が出ない色、なんだそうだ。

どこの旗でしょう?
国連の旗

『アデル、ブルーは熱い色』の原作。
ブルーは熱い色

リュック・ベッソンの『グラン・ブルー』、懐かしい。フランスでは『Lucy』が公開中。

『グラン・ブルー』ベッソン

ちなみに、今年買った水着はブルーでした・・・

ランキングに参加しています。お気に召したらクリックしてください。
にほんブログ村 海外生活ブログ フランス情報へ

にほんブログ村 海外生活ブログへ
にほんブログ村








ばかんすアルバム

バカンス中の場面は、すぐに私の中のアルバムに加えられるような気がする。子供たちはすぐ大きくなるし(もうなってる)、この国の夏はすぐに終わる。
朝の5時半頃、アパルトマンのベランダから。空はもう明け始めているのに、町は眠っている。

夜明けの風景

スマートフォンで撮った写真をチェックする娘と友達。

海岸

ニースも近い。電車で10分くらい。恐ろしく高い展望台に上ることに。
「えっあそこまで上がるの?」

ニース

どのくらい高いかというと、この景色が見えるくらい。さすがに海岸は人が多い。ニースは“ブランド”だものね。

ニース海岸

どのくらい上って降りたかというと、その後で(娘まで)足がガクガク震えるくらい。
降り切ったら、階段の横にエレベーターがあった。遅すぎる発見・・・

サーモンピンクの建物に洗濯物がぶらさがるニースの裏道。イタリアの町にいるみたい。

ニース

パレオをクルクル巻いて、ターバンにしてしまう。「太陽で髪が痛むから」だそう。
「ショートの人にはわからないわよ」はあ、そうですか。よく見ると「それ、アタシのパレオじゃない!」

ターバン

美術館で、振り返るくらい素敵なマダムがいた。共のベルトをウエストでしばるベージュのワンピース、白いショルダーに、白い皮サンダルは、ゴムぞうりのデザインだけどカットがとても素敵。日焼けした肌に赤いペディキュア。
とてもシンプル、ブランド・ロゴのかけらもないのに、すべて誂えたように似合っている。
「ママン、何してるの!」と言われなかったら、もっと見とれていた。写真には撮らなかったけど、頭に焼きつけた。

あの光の波はアンティーブ、こっちの宝石箱はニース・・・星が見えないのは意外だった。海の蒸気のせい?

夜の海岸



ランキングに参加しています。お気に召したらクリックしてください。
にほんブログ村 海外生活ブログ フランス情報へ

にほんブログ村 海外生活ブログへ
にほんブログ村

真夏のご飯

アパルトマンを借りるバカンスだと、買い物、ご飯作り、掃除、洗濯・・・があるので、「大変でしょ?」と言われることがあるけど、ご飯食べて、海岸に行って、またご飯食べて、推理小説読んで・・・みたいな生活だからあまり苦にならない。

これは夏によく作る“チュニジア・サラダ”。

salade tunisienne/チュニジア・サラダ

4人分で、きゅうり(仏サイズ)1本、玉葱半個、ピーマン1個、トマト1-2個、ツナ缶1個。
① きゅうり、ピーマン、玉葱を1cm角くらいに切って、塩をして冷蔵庫に入れておく。
② 数時間後、野菜の水気をよく切ってからトマトを同じ大きさに切って加え、ツナのオイル漬け1缶、レモン汁、パセリかコリアンダーのみじん切りを加えて出来上がり。
シンプルで飽きないサラダ、チュニジアでよく食べた。チュニジア出身の友達に言わせると、正しいレシピは“ツナを入れない。そして野菜はもっと細かく切る”。1cm角だってけっこう時間がかかるのに!でも音楽を聴きながらトントン野菜を切るのは嫌いじゃない。

プーレ・バスケーズ、鶏のバスク風も簡単で美味しい。写真では不味そうだけど・・・料理を撮るのはほんとに難しい。

poulet basquaise/鶏のバスク風2

プロが撮るとこうなる・・・

poulet basquaise/鶏のバスク風
photo:crocatout

鶏の腿肉(皮を取って2つ切り)、ニンニク2かけ、玉葱1個、ピーマンと完熟トマト、それぞれ700-800g。ニンニク、玉葱は薄切り、ピーマンは縦に細切り、トマトは-どうせ煮とろけるから-ざくざく適当に。
① 厚手の鍋にオリーヴオイルを熱し、ニンニク、玉葱、ピーマンを、しんなりするまで炒める。塩・コショウ。
② 野菜を取りだし、オイルを足して鶏を炒める。塩・コショウ、あればタイムを振りかける。
③ 鶏の両面がこんがり色づいたら、炒めた野菜を、鶏を覆うように入れ、トマト、白ワイン半カップ、チキンブイヨンを足して蓋をして煮込む。時々かき回しながら1時間半から2時間。水気が多すぎるときは、最後に蓋を取り、弱火で水気を飛ばすといい。
とろけるくらい煮えたピーマンがソース。ご飯とよく合う。フランスのデカいピーマンは甘みと水気があって、これでデザートを作る料理人もいるくらい。右は可愛いミニ・ピーマン。ひと口ファルシにちょうどいい。食べる前はテーブルの花代わり。

ピーマン

海辺のレストランといえばピザ。好きな具をチョイスできる2人用長方形ピザに食らいつく娘たち。生ハムやルコラ、モツァレラが無造作にのったシンプルなピザ。

pizza

時々、すごく大人っぽい(女っぽい)娘たちも、ご飯を食べている姿は「まだ食い気だね」と、夫はひとり安心している。
でも食い気は年齢に関係ない。美味しいものを食べると、人は優しくなるもんだ。

ランキングに参加しています。お気に召したらクリックしてください。
にほんブログ村 海外生活ブログ フランス情報へ

にほんブログ村 海外生活ブログへ
にほんブログ村




アンティーブのおばあさん

娘の高校の友達が「車で15分のとこに来てるんだって!」世の中狭い。
彼女が一日遊びに来て、アンティーブでニコラ・ド・スタールの展覧会をやっている、と教えてくれた。
41歳で亡くなったロシア人は一番好きな画家のひとり。即、行こう!

マンドリュー=ラ=ナプールからイタリア国境の町、ヴェンティミーリアまで走るコート・ダジュール沿岸電車で10分。
展覧会は去年も来たピカソ美術館で。海を見下ろす岸壁にある。

アンティーブ ピカソ美術館

お昼過ぎだったので、市場の中にある去年と同じレストランに入った。探究心がない、と言われるかもしれないけど、去年と変わらぬ場所を見つけるのは悪くない。でも変わらないのは場所だけではなかった・・・

「同じおばあさん!」と娘がささやくので、見ると、テーブルの端に小柄なおばあさんがひとりで座っている。
ほんと、去年も同じ場所に座っていた。彼女の前には白ワインのグラスと空のグラス。おばあさんはその一杯をゆっくり飲む、30分以上かけて。そこの“風景”になっているらしく、通りがかりの人が「サ・ヴァ?」「今日も暑いね」と声をかけていく。
間もなくおばあさんはうたた寝を始める。二重顎に顔を埋めるようにして・・・はっと目覚めると、けっこう輝きのある目。
ウエートレスに向かって、かすかに指を上げると新たなグラスが運ばれてきた。
70歳と80歳の間くらい。旦那さんに先立たれて、孤独を紛らわすために飲み始めた?でも、おばあさんは一杯のワインを前に、夢を見ているような、平穏な表情をしている。グラスはまたゆっくりゆっくり減っていく。

さてニコラ・ド・スタールの展覧会は亡くなる前の1951年-55年の作品。ジャンヌ・マチューという女性(人妻)と恋に落ち、彼女の住むニース近く、アンティ-ブに引っ越してきた。この時期はジャンヌをモデルにしたのをはじめ、裸婦をたくさん描いている。裸婦はあまり知らなかったけど、身体の線が、そしていつもの赤やブルーがすごくいい。

ニコラ・ド・スタール

1955年夏にニコラ・ド・スタールの展覧会がアンティーブで予定されていた。それなのに、その3月にアトリエの窓から飛び降りて自殺。恋に行き詰った?・・・生きるのが嫌になった人の気持ちはわからない。

展覧会の後、市場のレストランの前を通ったら、おばあさんの姿はなかった。
来年、ここでまた再会するだろうか?


ランキングに参加しています。お気に召したらクリックしてください。
にほんブログ村 海外生活ブログ フランス情報へ

にほんブログ村 海外生活ブログへ
にほんブログ村

紺碧の海に再会する

8月最初の日曜日。朝のラジオや、「腹が減った」とまとわりつく猫たちに別れを告げ、ニース近くの小さな海岸町、Cros de Cagnes/クロ・ドゥ・カーニュにやってきた。
去年と同じ場所に、同じアパルトマンを借りている。ニースの空港まで迎えに来てくれたエージェントのオジサンとも、これで4回目。ニースからモナコまで、バカンス用のアパルトマンを何件か管理している。年に一度の書き入れ時で、空港の送迎や、入居の世話や、水漏れや色々な故障やらで、一日駆け回っている。
今夏は、ずっと埋まらなくて、8月に入ってからバタバタと借り手が現れたそう。
「パリジャンは・・・変わってるね」とオジサン。
「注文が多くて、厄介ってこと?」と私。
「今朝、一晩中運転してパリから着いたお客さんがいてね、身長2mくらいの大男が3人。その荷物がハンパじゃない。聞いたら、南仏は物価が高いんで、パリから滞在中の食料を全部運んできたんだって!」
「パリと殆ど同じくらいじゃない?」
「そう言ったんだけどね。建物のエレベーターが古いんで、その大荷物と大男が一緒に乗ったら、大変なことになる!と言う間もなく、乗っちゃったんだ」
「エレベーターは故障・・・」
「そう、それで一晩中運転してクタクタなのに、大荷物を5階まで運ばなくちゃならなかったわけ。僕は手伝わなかったけど」
それは“パリジャン”じゃなくて、そいつらが変わってるんじゃない・・・

スーパーも商店街もパリとほぼ同じ価格、つまり高い。バカンス期に1年分稼ごうという魂胆。魚屋なんかパリより高くて「犯罪だわ」と、夫と2人回れ右で店を出た。
でも一番笑っちゃうのは、プライベートビーチの寝椅子の値段。一日15ユーロ、“最前列”だと45ユーロ!

地中海の海岸2

4人だと(夫と娘とその友達とワタシ)180ユーロ、ということは、ただのデッキチェアが、借りているアパルトマンの一日の家賃よりはるかに高い、というシュールな話。
よく見ると最前列がチラホラ埋まっていて、シャネルの水着にハローキティのバッグを持ったような女が寝そべっていたわ。

あまり混んでいない海岸(こちらは無料の、みんなの海岸)、海の色も去年のまま。
ニースの空港が近いので、目の前を飛行機が行き来する。海面にお腹がつくくらいすれすれに飛んで、着陸する。

地中海の海岸

朝の海岸。孫を見張るイタリア人おばあちゃん。海の上、右よりにゴミのように見えるのが飛行機。
地中海の海岸4

熱い太陽が心地いい。海をぼーっと眺めているだけで飽きない。
フランス人の70%近くがバカンスに海を選ぶとか。その気持ちがよくわかる。冬が長い国、身体が欲している太陽が肌に悪いなんて皮肉な話。


ランキングに参加しています。お気に召したらクリックしてください。
にほんブログ村 海外生活ブログ フランス情報へ

にほんブログ村 海外生活ブログへ
にほんブログ村

大臣たちの夏休み

大臣たちのリッチで長いバカンスが問題になったのは2003年。“酷暑”の体験がないフランスで37度、38度の暑さになり、死者が続出した夏だ。救助隊員は眠るヒマもなく駆け回っているのに、当時の厚生相ジャン=フランソワ・マッテイは、南仏の別荘の庭で、ポロシャツ姿でTF1のインタビューに応じた・・・もんだから国民の非難ごうごう。政府の“広報のドジ”も浮き彫りに。

翌夏、この過ちを繰り返さないようにと、当時の大統領ジャック・シラクは大臣達に「2時間以内でパリに戻れる場所でバカンスを過ごすように」。ところが、シラク自ら2時間以上のレユニオン島に出かけたので、この”決まり”は守られなかった。バカンスは期間は23日!
一方、政府の広報は、前年の悪イメージ改善と、バカンス中に”仕事”をしている大臣の写真をばら撒いた。

2005年、シラク大統領は、レユニオン島を諦め、地中海沿岸のブレガンソン砦(大統領の夏の別邸)でバカンス。ジャン=ピエール・ラファランは「15日間しか取らない」ことに決め、厚生相のグザヴィエ・ベルトランに至っては「全く取らない」ことにし、テレビに出まくってイメージ改善に励む。でもバカンス期間は22日。

2007年、当選したばっかりのニコラ・サルコジは、お友達の富豪の実業家ボロレの豪華ヨットで”選挙運動の疲れを癒し”たあと、NYでのバカンスに発つ。親分がそうならボクだって、と首相フランソワ・フィヨンはイタリアのトスカナ、エルヴェ・モランはギリシャ・・・唯一の条件は「常に電話で連絡ができ、何かあれば素早くパリに戻ること」

2009年、流感Aの流行が、酷暑の死者数を思い出させ、厚生相ロズリーヌ・バシュローは”パリから1時間”の場所でバカンス。その他の大臣たちはどこでも好きな場所へ。日数は21日に。
2011年、選挙戦を翌年に控えたサルコジは、大臣達に「フランス国内で、”バカンス”ではなく”休養”を取るように」

パリ・マッチの表紙によく登場、サルコジ&カーラ。収賄などの疑惑で拘留されたにも拘わらず、政界復帰を宣言。

サルコジ&カーラ

さて今年、支持率は下がり、国内外に問題は山積みの政府、バカンスは「8月4日~18日の14日間で、パリから2時間以内の場所」と首相マニュエル・ヴァルスのお達し。

現夫人アンヌはバイオリニスト。前妻との間に子供が4人!

マニュエル・ヴァルス首相

オランド大統領はブレガンソンへ、”ふつうの大統領”らしくTGVで出かけた。愛人ジュリー・ガイエが合流する、という噂。目下、ファーストレディなしで“独身”の大統領、ガールフレンドとバカンスを過ごして何が悪い?というわけ。
間もなく2人の写真がゴシップ誌を飾る・・・かも。

オランド大統領

ランキングに参加しています。お気に召したらクリックしてください。
にほんブログ村 海外生活ブログ フランス情報へ

にほんブログ村 海外生活ブログへ
にほんブログ村




物の値段

娘の買い物につき合うと、自分では入らないお店に行けて面白い。たとえばランジェリーブランドのEtam。
その昔、アルバイトしていた友達に「買わないほうがいい。メルドよ」と言われて避けていた。でもあれは20年も前のこと。以来、低価格競争で、さらにメルドなブランドがどんどん登場して、押し上げられた模様。
ローコストで有名なTATIはブラジャー2.99ユーロというシンジラレナイ価格だけど、そこでバイトしていた友達が「一度洗ったらバラバラになる」と言っていた。水着は、水に入ったらバラバラになったりして。

さてエタム。ナタリア・ヴォディアノヴァがイメージ・モデルになってから人気も質も上昇。このナタリアも、ロシアの果物売りから、ジャスティン・ポートマン(イギリスの大金持ちの御曹司)のマダム、次いでアントワーヌ・アルノー(フランスの大金持ちベルナール・アルノーの跡継ぎ)の彼女、と上昇した人。
Etam/エタム

種類がすごく多い。カラーも豊富でカップはAからE。そしてやたらパッドが厚いのが多い。
フランス女のバストは縮小したのかと思ったが、名前がプッシュ・アップにマジック・アップ。どうやら垂れ下がったバストを持ち上げようという意図。デコルテの服を着たとき、谷間が美しく見える。

娘がアレコレ試着している間、退屈なので私も試着してみた。アンダーとトップの差が少ない私に合うブラを見つけるのはなかなか難しい。段々上に上がってきて、一日に何度もずり降ろさなければならないブラが多い。
ところが、ピッタリ合うのがあるではない。しかも(誇れる)Bカップ!この値段(25ユーロ)で自分に合うブラと出会えた、とゴキゲンで店を出た。

逆に腹が立ったのは、愛用の腕時計のブレスレットが切れて、代えを買いに行ったとき。

カルヴァン・クライン時計

「45ユーロです」
「 ?!! この革紐が ?!」
「はあ、カルヴァン・クラインですので」
「やりすぎ・・・」
「はい、やりすぎです」
若い店員さんが“全く同感”な様子なので、腹立ちが少し治まったけど。工場出の価格はその10分の1くらいじゃない?ブランド名の付加価値、ほどほどにしてほしい。


ランキングに参加しています。お気に召したらクリックしてください。
にほんブログ村 海外生活ブログ フランス情報へ

にほんブログ村 海外生活ブログへ
にほんブログ村


プロフィール

Author:長谷川たかこ

この国に住もう!と決めたのは13歳のとき。それが実現したのは10年以上経ってから、それから30年の月日が流れました(計算しないで!)
現在フレンチ・コード主宰。訳書多数、著書3冊。夫1人、子供2人、猫2匹と暮らす騒がしい毎日。映画と料理とデビッド・ボウイが趣味。


長谷川たかこ

カレンダー
07 | 2014/08 | 09
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -
最近の記事
カテゴリー
おすすめ書籍
RSSフィード
おすすめコスメ
フランスに行くなら
プロヴァンスの田舎町をまわる1日
アーカイブ