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裁判で一番関心を集めているのがフランソワ=マリー・バニエ、67歳。彼がベタンクール婦人の心神衰弱につけ込んで大枚をゲットしたことが立証できるか、だ。

この写真家にリリアンヌ・ベタンクールが膨大なお金をつぎ込んでいるのがわかった時、
「90歳で25歳年下の愛人!やるわねぇ」と感心した人が多いけど、彼がゲイで、さらに26歳年下の男性と暮していることがわかった。 じゃなんなの?
フランソワ=マリー・バニエは自称写真家・小説家だけど、「職業:有名人収集」のほうがピッタリ来る。
高校をやめ(バカロレアも取得していない)夜のパリで“独学”。サルヴァドール・ダリに自分のデッサンを見せたり、アラゴンの取り巻きになったり、モーリアックに文学のアドバイスを得たり、ピエール・カルダンのアタッシェ・ド・プレスをした後は、イヴ・サンローラン、ピエール・ベルジェ(サンローランの伴侶)とお友達になり・・・次第に彼はパリの社交界で人気者になっていく。1972年、イギリスのThe Sunday Times Magazineが、「パリのゴールデンボーイ」と題して彼の記事を載せたほど。

フランソワ=マリー・バニエ

そして今は・・・

フランソワ=マリー・バニエ2

リリアンヌ・ベタンクールとは、彼女が45歳のときに出会い、次第に“親交”を深め、90年代は“自分のうちのように”ベタンクール邸に出入りし、現金、株券、タブロー、島ひとつ!・・・プレゼントの総額は4億9400万ユーロに上る。

バニエ氏の23年来の伴侶、マルタン・ドルジュヴァル(41歳)は“300万ユーロしか”もらっていないけど、前者の遺産相続人になっている。マルタン・ドルジュヴァルの伯父は俳優パスカル・グレゴリーで、バニエ氏の前の愛人だった。伯父から甥へ・・・
これだけの有名人を魅了できた理由は、頭の回転が早くエスプリのある話術と辛口ユーモア。
リリアンヌ・ベタンクールにしてみれば、怖い娘とおしゃべりするよりずっと楽しかったに違いない。

法廷は《フランソワ=マリー・バニエ、ワンマンショー》!自分の生い立ちから、写真家・小説家としての活躍、著名なお友達の羅列・・・を、時に謙虚に、時に皮肉っぽく、または挑発的に6時間。
「リリアンヌ・ベタンクールは自分が芸術家として存分に活動できるように援助してくれた」のであり、「私が罪を犯したとしたらただ一つ、リリアンヌに気に入られたことだ」
《ワンマンショー》にはヴァネッサ・パラディも応援に駆けつけた。バニエが“気に入られた”女性のひとり・・・


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ロレアル創始者の娘、リリアンヌ・ベタンクール、92歳。殆ど耳が聞こえず、少しずつ認知症に侵され、桁違いのお金持ち(Forbes誌によるとフランス第1位、世界第9位、女性としては筆頭、推定財産300億ドル)。この老婦人は、訪れた人たちに巨額のお金をばら撒く趣味があった。

リリアンヌ・ベタンクール

「ベタンクール事件」の発端は2007年、遺産が少しずつ目減りしているのに気付いた娘が、「母の老衰をいいことにみんなが財際にたかっている」と訴えた。母は“自分にはちゃんと判断力がある”と主張し、母と娘の財産争いに見えた。
娘(↓)がすごくきつそうな顔なので、「残る人生、自分のお金を好きに使わせてあげればいいのに」という声も多かった。

フランソワーズ・ベタンクール

ところが2010年、娘が(不法に)取り付けた隠しマイクで、名だたる政治家までお金をもらいに来ていることが判明、“サルコジ大統領選挙資金の受け渡し”をほのめかす会話も録音されていた。

その後の検査でリリアンヌ・ベタンクールの「判断力に影響する深刻な聴力低下」「ゆっくり進行中の認知症」がわかった。
そしてようやく、Abus de faiblesse (心神衰弱の悪用)でお金をもらった疑いがある10人の裁判がボルドーで始まった。

その中には:
サルコジ大統領時の労働相、当時、UMP(右派、国民運動連合)経理担当のエリック・ヴァース:サルコジの2007年大統領選挙資金として15万ユーロを受け取った疑い。それが事実なら、5年の実刑、37万5000ユーロの罰金。親分のサルコジは証拠不十分で公訴が取り下げられた(がっくり)。

オーディオ・ヴィジュエルグループLOV社長、ステファン・クルビ:リリアンヌ・ベタンクールに1億4370万ユーロを投資させた。
パトリス・ド・メストゥル:ベタンクール婦人のモト財産管理人、代理人。少なくとも2200万ユーロを受け取った。『心神衰弱の悪用』+マネーロータリングの疑い。

そして裁判の目玉はフランソワ=マリー・バニエ、写真家:ベタンクール婦人のお友達で、約4億9400万ユーロをプレゼントされた(させた?)。『心神衰弱の悪用』+マネーロータリングが実証されれば3年の実刑、37万5000ユーロの罰金。

2010年夏、“新聞連載小説”のようにみんなが続きを楽しみにした「ベタンクール事件」、審判はいかに・・・(続く)


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イスラム教徒と過激派

パリでテロ事件がある前に『Timbuktu/ティンブクトゥ』が封切りになった。
2012年、イスラム過激派に占拠され、2013年1月にフランスとマリの軍隊が開放したマリのトンブクトゥがモデルになっている。監督はモーリタニア人のアブデラマン・シサコ/Abderrahmane Sissako。

イスラム教徒と過激派1

町にはジハーディストの一団が居座って、音楽、サッカー、タバコ禁止、笑ってもいけない・・・と“彼らの法律”で、住民の自由を奪う。女性は人間扱いされない。
住民達は恐れながらも凛として生活を続けている。夜中にギターを弾き、子供たちはボールなしでサッカーの真似事をして“抵抗”する。手袋をしろと言われた魚屋のお姉さんは、手袋をしたら仕事ができない、そんなら手を切ってくれ、と両手を差し出す。予期しない返事にタジタジしてしまうジハーディスト。

町から離れた砂漠のテントでトゥアレグ一家が暮している。過激派を恐れて避難した家族が多く、周囲にほかのテントはない。仲良く暮らす夫、妻、娘は自由と抵抗の象徴のようだ。でも彼らの生活も間もなく脅かされる。

イスラム教徒と過激派2

過激派の兵士たちはアフリカ伝統のマスクを的に射撃の練習をしたり、住人たちを怖がらせてサディックな喜びを感じたり・・・そして罪のない人たちに石を投げ、撃ち殺す。
敬虔なイスラム教徒と、過激派のコントラストが視覚的にも描かれている。

イスラム教徒と過激派3

「他者の宗教を侮辱してはいけない」というシャルリー・エブドへの批判が少なくないけど、この新聞が揶揄し、フランスでのデモが抗議したのは、イスラム教ではない。ムハンマドの名のもとに自由を奪い、何もしていない人を殺す原理主義の過激派だ。仏教もキリスト教も、神の名を掲げて人を殺したりしない。

ヴァンセンヌのスーパーを占拠したクリバリは、罪のないユダヤ人を4人射殺した。
3年前のトゥルーズ・テロで、犯人メラはユダヤ人学校にバイクで乗りつけ、子供たちに発砲した。
何もしていない人を殺す彼らの行為には断固、抗議すべきだと思う。
幹部が全員射殺された後、もし、シャルリー・エブドが次号を出さなかったら・・・
『Je suis Charlie』のデモで“シャルリーが攻撃されたことで、私たちも攻撃された”と訴えなかったら・・・
それは過激派の行為を正当化することになってしまう。彼らは「ホラ見ろ、うまく行ったぜ」と思うだろう。

一方、福島原発を扱ったシャルリーの風刺画に、日本人が憤慨し、傷ついたのは「正当な怒り」だと思う。だって日本人は何もしていないのだから・・・


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影のヒーローたち

水曜日に発売になったシャルリー・エブドはキオスクや新聞・雑誌屋の開店(6時半)から10分足らずで売り切れる騒ぎ。通常6万部の刷り部数が500万部になった。
「表現の自由を護る」が「シャルリーを護る」になったみたいでで違和感を感じたけど、「(内容はともかく)原則として買う」人がけっこういたようだ。
息子は「いつか自分の子供に見せるために買わなくちゃ」。なんだか急におばあちゃんになった気がした。

フランス人は“結束”したかったような気がする。ここ数年、不況で購買力が下がり、失業率は上がり、“自分の問題で精一杯、人のことなんかかまっていられない”という風潮だったから。デモに参加して、ああ、まだ結束できる、と確認して、しばらく忘れていたものを取り戻したんじゃないかと。警官や憲兵に自発的に「メルシー」や拍手が起こったのも同じ。人にお礼を言う気持ちも薄れていたように思う。
その結束の象徴的な行為が“シャルリーを買う”なのだ。それにしても騒ぎすぎる気がして買いに行かなかったけど、「子供に見せたい」と言われて近くのキオスクに寄った(残っているわけないけど)。新聞売りのオジサンは「アンタもか」とウンザリした顔で、「明日もあさっても入荷するから心配するな」

何度も繰り返されるメジャーなニュースの影で、私が拍手したかったのはヴァンセンヌのユダヤ・スーパーの従業員、ラッサナ・バティリー26歳。アメディ・クリバリが人質を取って店に篭った13時頃、彼はクリバリに見つかっていないお客6人(赤ちゃんもいた)をこっそり地下に誘導、冷蔵室に隠した(冷蔵スイッチを切るのも忘れなかった)。その6人に裏口からの逃げ方を教えたけど、みんな怖くて動けなかったとか。ラッサナはクリバリがシャッターを閉める前に抜け出し、警察の特別介入部隊に中の状況を伝え、シャッターの鍵を渡した。RAID突撃のとき、店のシャッターがスルスルと開いたのは彼のおかげだった。

ラッサナはマリ出身のイスラム教徒。イスラム教徒=過激派という先入観が高まる今、こういう人こそスポットを当てるべきだ。

テロ事件、陰のヒーロー

「ぼくはユダヤ人をかくまったんじゃない、人間をかくまった」とインタビューに答えたセリフも心に残った。
2006年にフランスに来て、滞在許可書を取るのに悪戦苦闘したという彼に、フランス国籍が与えられることになった。ヨカッタヨカッタ。

クアシ兄弟が押し入った印刷屋の主人もなかなか。事務所にいたグラフィストが隠れられるよう、テロリストたちに「コーヒーでもいかがですか?」(「ノン!」の返事)、ひとりが首に怪我をしているのを見て「傷の手当をしましょうか?」(「ノン!」)と時間稼ぎ。武装したテロリスト2人を前に「コーヒーでもいかが」は言えるもんじゃない。

私が耳を澄ませた影のヒーローの話でした。


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表現の自由、その限界

フランスにもシャルリー・エブドが「好きじゃない」人はたくさんいる。私もそのひとり。
政治家や有名人、災害や事故まで挑発的にカリカチュアする“ユーモア”が好きなのは一握りのはず。
発行部数6万部(その半分が定期購読)で、ずっと赤字続きだったことでもよくわかる。

300万人以上が集まったのは、シャルリーの風刺画や編集ラインを護ろうとしたからではない。
賛同できない意見、考え方、表現方法があることを認めるのが民主主義であり、表現の自由はその原動力であり、それが脅かされているからだ。イスラム教徒=過激派という偏見や、ユダヤ人差別に抗議するためだ。
「私はシャルリーのエスプリに賛同できない。だからシャルリーじゃない。行進にも行かなかった」という言い分は、ひっくり返せば「シャルリーはやりすぎた。だから殺されても仕方ない」になりかねない(この意見はソーシャルネットワークでかなりあるらしい)。
ル・モンドの編集部が惨殺されていたら行進に参加した、というロジックになりかねない。
・・・ので、私も行進に参加した。

『私はシャルリー/Je suis Charlie』のスローガンは最初引っかかった。シャルリーになる気はないんですけど・・・
シンプルで視覚的インパクトのあるポスターは、事件の翌朝パリ市内に現れ(フランス人もその気になれば日本人並みの早さで仕事ができるんだわ)全国に、全世界に広がった。

調べると、フランス語には「Je suis ダレソレ」という比ゆ的表現法があって、それは「ダレソレが攻撃されたことを通して私も攻撃された」という意味だそうだ。「私はユダヤ人/Je suis juif」という表現は、その人がユダヤ人というわけではなく(もちろんその場合もあるけど)「ユダヤ人を通して私も攻撃された(侮辱された・・・)」という意味になる。ああ、ややこしい。

フランスでも『表現・出版の自由の限界』(子供に見せてはいけない猥褻、ポルノグラフィーなもの、犯罪の現場、民族に対する嫌悪や差別・・・)を定めていて、作家のミッシェル・ウェルベックやシャルリー・エブドは裁判沙汰になったことがあるそうだ。日本は、法律に加えて、自主規制が強いと思う。一方、フランス(その他の西ヨーロッパの国)では、そのリミットの中で、ウェルベックやシャルリーが表現し続けられるのが、健全な民主主義のあり方、と思われている。ギャップ・・・

もうひとつ、ユーモアは国境を越えにくいのも事実。バンドデシネを日本に紹介する仕事をしていたとき、感動する話、恋愛物、SF・・・はいけても、ユーモアものはすごく難しかった(なにが可笑しいの?)
逆もしかり、英語に訳された叔母の漫画は全然ウケなかった。なんでこれがユーモアなんだ?という話になる。

明日、300万部(通常の50倍!)が16ヶ国語、25ヶ国で売られるシャルリーの表紙。
「明日、生まれて初めてシャルリー・エブドを買う。信条の問題として」みたいなTweetが多い。

(懲りずに)ムハンマド、「すべては許される」
シャルリー・エブド1月13日号

あの水曜日から1週間が経ったのだ。

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パリが“世界の首都”になった一日

パリの地図上で見るとほんとに小さい、レピュブリック広場・バスティーユ広場・ナシオン広場・ペール・ラ・シェーズのひし形に150万人がひしめいた。
バスティーユ広場に出るなり動きが取れない。“行進”と言われたって、行くことも進むことできない。

パリ、銃撃非難の行進 バスティーユ広場

フォーブール・サンタントワーヌ通りからナシオンに達しようとする人波は、カタツムリのスピードでジリジリと、でも雰囲気は和やかだ。1時間早く出た娘たちに「どこにいるの?」とSMS すると「バスティーユの群の中!」

安全のため一時遮断されていたフォーブール・サンタントワーヌ通りが通行可能になって、少しまともに歩けるようになる。
『私はシャルリー/Je suis Charlie』のプラカード、“表現の自由”の象徴、えんぴつを帽子や髪にさした人、『父はイスラム教徒、母はカトリック、私は人間』『私はユダヤ教だ。イスラム教徒が行進の中にいてくれるといい』などのメッセージはインパクトがあった。
今度のテロで、過激な原理主義者とふつうのイスラム教徒を一緒にしてはいけないし、ユダヤとイスラムの対立を深くしてはいけないのだ(ヴァンセンヌのユダヤスーパーでアメディ・クリバリに殺されたのはみんなユダヤ人だった)。
それだけに、イスラエル首脳ベンヤミン・ネタニヤフとパレスチナ首脳マフムード・アッバースが一緒に行進に参加するのは画期的だ。

警官・憲兵の数もすごかった。レピュブリック広場だけで5000人とか。警官たちに拍手が起こる。『私はアメッド/Je suis Ahmed』というハッシュタグが生まれたくらい。アメッドは、シャルリー・エブド編集者を護ろうとして殉職した警官だ。
確かに、ここ数日の警官とRAID(国家警察特攻部隊)の活躍はすごかった。ヴァンセンヌのユダヤスーパーに最初に飛び込んだ人(くじ引きで決めたの?)は怖かっただろうな。案の定、脚に負傷した。

途中で娘と友達の一行に出会った。みんな杖のような棒を持っているんで「ナニソレ?」と聞くと「プラカード作ろうと思ったけど時間がなくて棒だけ持って出た」

再び道が遮断され、私と夫はナシオン広場に行き着けず、いつもなら20分で往復できる気距離を2時間近くかけて帰った。

フランスの象徴、マリアンヌが登場のナシオン広場

パリ、銃撃非難の行進 レピュブリック広場

帰ってすぐテレビで各国政府首脳の行進を見る。宗教も、肌の色も、政治的ポジションも無視して、手を繋いでいる進んでいく47人。前代未聞の光景にジーンとした。彼らの後ろに1人ずつボディガードが”張り付いた”。
マリーヌ・ル・ペンはパリをパスし、南仏Gard県の Beaucaireで行進。”FNの政治ミーティングのようだった”そうだ。

パリ、銃撃非難の行進 各国首脳

オランド大統領いわく「今日はパリが世界の首都」。フランス全体で330万人。1944年の『パリ開放』以来の参加者数だそうだ。
宗教・肌の色にかかわらず、フランスに住む人たちが「テロに屈せず、自由を護るために自分も何かしなければ」と思ったことの証。私もこの国を選んだ“移民”であることを実感した。
問題は、過激な原理主義者たちが、話してわかる相手じゃないってこと・・・


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銃殺にかかわった2人(クアシ/Kouachi兄弟)は、昨日レンヌ近くのガソリンスタンドで目撃された。
グレーのClioに乗り、覆面はせず、後部座先にカラシニコフが見えた、とガソリンスタンド主人。

クアシ兄弟
クアシ/Kouachi兄弟

ほんとにこの2人が主犯なのか?という疑問。計画的に冷静に殺人を犯した人間が、身分証明書を忘れたり、顔や武器をあからさまに見せたりするだろうか?捜査を混乱させる“囮”では?
でも彼らはシャルリー・エブドの住所を間違えて、まず隣の建物に入っているし、肝心なとこでドジなのかもしれない。
どっちにしろこんな残忍な犯行をする人の頭の中はわからない。

1500人(!)の警官、憲兵、機動隊が付近を“しらみつぶし”に捜したのに、ガソリンスタンドの後24時間近く、クアシ兄弟の行方はわからなかった。
今朝、2人が別の車を盗んでパリに向かったのがわかる。途中に検問があるのに気付いて、車を捨て、パリから40km、セーヌ・エ・マルヌ県にある小さな会社に逃げ込んだ。人質を取ったかは不明、建物は包囲され、住民は外に出るなと言われている。その状態がもう数時間・・・

今朝、この会社に用事があった人が、入り口で、銃を持った黒尽くめの男性と顔をつき合わせた。「警官だと思った」。黒尽くめは握手を求め、「民間人は殺さない。行きなさい」
人相によると、彼がクアシ兄弟の1人だったらしい。握手しちゃった人は、後で震え上がったことだろう。

一方、「表現の自由を護ろう」「シャルリー・エブドを助けよう」機運が高まっている。
ロベール・バダンテールがテレビで、
「私たちの義務は、①『シャルリー』を殺さないこと(犯行後、「シャルリーを殺した!」と叫んだ)犯人の思う壺だ。②抗議デモに参加して“自由”を護ろうという意志を見せること」と言っていた。
1981年、死刑廃止法可決させた当時の法相は、尊敬する人。シンプルな言葉で心に響くことをいう。
ことの重大さがわかって涙が出てきたのもこの時。ショックが大きいと涙が出る、ということがわかった。
昨日、ラジオのアナウンサーは何度も声を詰まらせ、現場に駆けつけた救急医は話ができないほど泣いていた。

事件から24時間で「Je suis Charlie/私はシャルリー」のポスターがあちこちに現れた。

シャルリー・エブド

Canal+やリベラシオンの大手メディアがシャルリー・エブドに援助を申し出る。デジタル経済相フルール・ペルランは100万ユーロを提供。
編集長や主要漫画家を失くして途方に暮れていた編集部は、予定通り次号を出すことを発表し、今日からリベラシオンが提供したオフィスで編集作業を始めた。
次号の刷り部数は100万部!通常は6万部でその半分が定期購読者だ。けさ、アーノルド・シュワルツェネッガーが定期購読を決めたそうだ。

抗議デモは土曜から日曜に変更。ヴァルス首相やサルコジ前大統領が「感動した」という水曜日の自発的デモ集会以上に参加者が集まるに違いない。団結するフランス!

レピュブリック広場のデモ

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今朝、11時半、カラシニコフを持った覆面男2人が、風刺週刊誌Charlie Hebdo/シャルリー・エブド本社を襲撃。
編集長、風刺画のイラストレーター、編集者、警官など12人が死亡、重症4人。
私はそこから歩いて5分のオフィスにいて、銃声は聞こえなかったけど、けたたましいサイレンの音。そこのオフィスの男性が、すぐにパソコンを見て「シャルリー・エブドがまたやられた!」
一瞬、みんな凍りついた。

“風刺ユーモア”を売りにするこの週刊誌は、大統領や教皇、サルコジ、ル・ペンなどエライ人たちをおちょくる。2011年にはムハンマドをネタにしたとイスラム原理主義者グループが怒り、本社に放火した。それ以来、何百通と脅迫状が届き、建物は“警察保護”されていた。つまり“標的”になっていたのだ。

犠牲者のひとり、編集長のCharb。

シャルリー・エブド編集長

犯人は、銃撃した2人+運転手。犯行時に「預言者の復讐をした」「オレたちはイエメンのアルカイダだ」と叫んだ、と目撃者。でもちゃんとしたフランス語もしゃべっていたそう。

事件現場

犯行に使った車はポルト・ド・パンタンに乗り捨て、別の車を盗んで逃走した。

すぐに特別捜査本部ができ、地方から500人の保安機動隊員、憲兵がかけつける。
乗り捨てられた車は、遺留品や指紋や匂い(警察犬に嗅がせる)など徹底的に調べられた。遺留品は、銃のホルダー、弾丸ケース・・・そしてまさかの身分証明書!犯人のひとりが忘れていったものだ。3人の身元が割れた。
銃撃した2人は兄弟でSaïd と Chérif. K、34歳、32歳。運転手は住居不定の高校生、18歳。3人ともランス出身だ。

事件から一日中ショックで強張っていたフランス全体がこのニュースで少し緩んだ。
逮捕ではないけど、誰かがわかった。フランスの警察、捨てたもんじゃないし、計画的で冷徹な犯人たちも、どこか抜けていたのだ。
今夜はフランス各地で10万人が集まり、犠牲者たちの慰霊と残忍な殺人に抗議するデモが行われた。
”表現の自由”が標的になっている、ということは人間の自由が、民主主義が脅かされている、ということだ。
土曜日の15時からはパリでデモが予定されている。参加しよう。

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2014年の映画、1位はコレ!

何はともあれ、あけましておめでとうございます。いいことがたくさんある年になりますように!

31日は友達をよんで年越しをした。おしゃべりに夢中になり、トイレに立った友人が戻ってきて「年が明けてた!」。で、みんなでキスをしてシャンパンをもう1本開け(そして空け)2時過ぎまでしゃべった。
息子は「朝の7時はすごく寒かった」と朝帰り。
娘も外で年越しで、友達の家に泊り(そのほうが安心)昼過ぎに帰ってきた。
私は昼ごろ起きて夕方夫と映画『A most violent year』を観に行くという典型的(?)元日。映画館は“飲んで騒いだあとはこれしかない”という人たちで満員だった。

2014年もたくさん映画を観たけど、1位はどれだろう?
映画評で定評のあるTélérama誌の読者投票によると、

1位:『Mommy』グザヴィエ・ドラン

モミー

ADHD(注意欠陥・多動性障害)の息子スティーヴと一緒に暮らすことになった未亡人のディアンヌ。学校には行けない息子の監督も大変だけど、2人が食べていくには働かなくてはいけない。そこへお向かいに住むカエラという女性が、スティーヴの勉強を見ようと申し出る。学校の先生だった彼女は心に傷を負い休職中。
それぞれ問題のある3人が不思議なバランス関係を作り出す。そのバランスは“希望”とよんでもいいかに見えた・・・
主役の3人がそれぞれ迫真の演技。私はやっぱり母親に感受移入して泣けたけど、スティーヴ役のアントワーヌ=オリヴィエ・ピロンも、カエラのスザンヌ・クレモン-彼女は“傷”以来どもるようになったんだけど、演技と思えないくらい-もスゴイとしかいいようがない。
ところどころユーモラスで、若干25歳のグザヴィエ・ドランの才能に驚く。文句なしの1位だ。映画情報サイトallocinéでも1位に選ばれた。そう、もうひとつのびっくりは、カナダのフランス語がほとんどわからんこと。フランス語の映画に全編フランス語字幕が出る、というシュール。

2位:『グランド・ブダペスト・ホテル』ウェス・アンダーソン

グランド・ブダペスト・ホテル

ズブロフカ共和国(あるわけないでしょ)の有名ホテル。コンシエルジュのグスタフを中心に“ウェス・アンダーソン節”全開。
『ムーンライズ・キングダム』同様、彼独特のナンセンスユーモアの世界。マチュー・アマルリック、エイドリアン・ブロディ、ビル・マーレイ、レア・セドゥ、ティルダ・スウィントン、ジュード・ロウ・・・と豪華(すぎる)キャスト・・・でもこれが2位?

3位:『Winter Sleep』ヌリ・ビルゲ・ジェイラン

ウィンター・スリープ

カンヌ映画祭でパルム・ドールを取ったトルコ映画。美しく壮大な-でも住んだら大変そうな-カッパドキアの大草原を舞台に描かれる人間関係。誰も100%善人でも悪人でもなく、誰も幸せではなく、それでも生き続けて行くのが人間・・・を感じさせる作品。2位になるべき・・・

私ならトップ5内に入れる『バード・ピープル』が15位は残念。

昨年はたくさんの方に応援していただいてありがとうございます。
今年もよろしくお付き合いくださいませ!

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プロフィール

Author:長谷川たかこ

この国に住もう!と決めたのは13歳のとき。それが実現したのは10年以上経ってから、それから30年の月日が流れました(計算しないで!)
現在フレンチ・コード主宰。訳書多数、著書3冊。夫1人、子供2人、猫2匹と暮らす騒がしい毎日。映画と料理とデビッド・ボウイが趣味。


長谷川たかこ

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