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35年の飛行経験があるオランダ人Jan Cocheretは、現在エミレーツ航空のパイロット。彼はAviation Newsというサイトやパイロットの業界紙に解説を書いていて、2ヶ月前に今回の事故のシナリオを予言していた、と、Slateが報じている。

「コックピットのドアの安全開閉装置のおかげで、パイロットが同僚をコックピットから締め出すのは難しくなくなった。彼がトイレに行くのを待つだけでいい。暗証コードで入ることはできるが、中にいるパイロットはこのシステムを解除することができる。

ジャーマンウィング機 墜落
photo:Reuter

この“安全装置”はハイジャッカーがコックピットに入るのを防ぐため、9.11テロの後に導入された。2014年2月にエチオピアン・エアラインのパイロットがこれを利用して、ハイジャックしようとした。
当初から私はこのシステムに反対だった。ハイジャックしようとする人が侵入するのを防ぐことはできるが、コックピットの中に既に危険人物がいる場合どうなるのか?
私の横に乗っているパイロットはどんな人物なのか?としばしば考える。もし、彼が人生に絶望してたら?トイレから戻ったとき、ドアが開かない、という事態には絶対直面したくない」
まさにジャーマンウィング機で起こったことだ。

副操縦士ルビッツの精神状態を、ドイツのメディアが毎日少しずつ明らかにする:
精神障害で治療を受けていた。
彼の自宅から、破られた病気休養の診断書が見つかった(あの日操縦席に座っているはずがなかった)。抗欝剤など精神障害の薬が多量にみつかった。
そのため、念願の“ルフトハンザの機長”にはなれないと絶望していた。
モト彼女に「システムを変えることをする。みんながボクの名前を知り、忘れられなくなるだろう」と話していた(つまり計画的だった)。
さらに網膜はく離の危険があると言われていた(パイロットは続けられない)。
(今の)彼女が妊娠していた(らしい)。

2009年9月、マラソンに参加するアンドレア・ルビッツ
ジャーマンウィング機 墜落 副操縦士
photo:AFP

150人の命を預かっていたパイロットが、ここまでひどい状態で、しかも鬱状態の発作的行動ではなく、計画的だったとは・・・ただ唖然。
この事故の後で、“コックピットには必ず2名いる(ひとりがトイレに行っている間、例えばスチュアートかスチュワーデスがコックピットに入る)”が義務づけられることになった。
一番事故が少なく安全な乗り物といわれる飛行機。でも事故になれば生存の可能性は限りなく低い。すでに飛行機が怖かった人たちはさらに嫌いになるだろうし、怖くなかった人も「パイロット、人生に絶望してないかしら?」とか心配しそうだ。


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交換留学のドイツ人高校生16人も乗っていたジャーマンウィング機。150人とともにアルプスの山に激突して48時間が経つ。

事故後、アンゲラ・メルケルとフランソワ・オランドがヘリで飛んだ事故現場

ジャーマンウィング機墜落

ジャーマンウィング機墜落現場

墜落の原因は、機体の欠陥(飛行機は23歳だったけど完璧な状態)、テロ行為(飛行機が空中で攻撃された場合、破片はもっと広範囲に飛び散る)が退けられ、“パイロットが急病か自殺説”が浮上していたところへ・・・ボイスレコーダーに録音された会話が判明:機長がコックピットの外に出て戻ってきたところ、ドアがロックされていて入れず、インターフォンで呼びかけても副操縦士は返事をせず、機体は降下を始めた。機長はドアを壊そうとするができず、機体は降下を続け山に激突、という恐ろしい最後。つまり、副操縦士が故意に墜落させたということ。

テロリストがコックピットに入ろうとするのを防ぐため、内側からロックされた扉は押し破らない限り開かないそうだ。でも操縦士がひとりになるのは危険なので(突然、心臓麻痺になるとか、実はテロリストだったとか)、ひとりが外に出る場合(トイレとか)別の人が補佐に入る、という案が出ていたけど、ジャーマンウィングは格安航空会社、そういう措置はされていなかった。

副操縦士は28歳のドイツ人、アンドレア・ルビッツ。テロリストのリストには載っていない。
自殺するような精神状態だったのか?親会社ルフトハンザのCEOは、パイロットになるための厳しい育成システムやテストを強調し、問題なかったと。
じゃ私生活では?とアンドレア・ルビッツの両親に質問の矛先が向くが、最初は息子を亡くしたショック、2日後には息子が150人を死亡させた原因だったと知ったショックで、とても質問に答えられる状態ではない。
これは犠牲者の家族にとっても同様のショックだ。人為的墜落。

それにしても、ちょうど険しいアルプスの山中にさしかかったとこで、機長がトイレに立った、というのも偶然。
もし、人家のある平地に堕ちていたら、犠牲者はもっと増えていたかもしれない。
もし、機長がトイレに行かなかったら(2時間弱の飛行時間だからありうる)?
起こってしまった事故に“もし”はない。運命と呼ぶしかないんだろうか・・・遺族にとっては泣いても泣ききれない運命だ。

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シャルリー・ヘブドの内輪もめ

世界的に有名になってしまったシャルリー・エブドは、発行部数53000、うち定期購読者1万人の赤字続き新聞だった。
2010年、売り部数が減少、紙・印刷代は値上がりし、9年据え置きだった価格2ユーロを2,5ユーロに値上げする。編集長チャルブは、
「不況の時代だけど、私たちは裕福な企業を株主にしたくない。広告を載せたくない。編集内容が株主や広告主に影響されるのはいやだ。“独立したプレス”は2,5ユーロかかる。その存在を左右するのは読者だけだ」
翌年、社長だったフィリップ・ヴァルが辞任し、持ち株を「象徴的1ユーロ」で譲渡。シャルリー・ヘブドの株の価値は「ゼロ」だった。

編集幹部と看板イラストレーターが惨殺された1月7日のテロ。

シャルリー・エブド/Charlie Hebdo

生き残りの編集部がリベラシオンの借りオフィスで発刊したシャルリー・ヘブドは800万部売れ、1000万ユーロの利益を出した。定期購読者は20万人に増える。
その他、あちこちからの支援金、寄付金で、同社の口座は3000万ユーロ(約39億円)に膨れ上がった(「1500万ユーロを越える」と書いているメディアもある。とにかく多額)

長年、財政難と戦ってきた編集幹部が殺されて、これだけの額をもたらしたという皮肉な運命。皮肉なのはそれだけじゃない:現在11人の社員が、自分達を全員、同じ配当の株主にしろ、と要求しだした。

「社員の持ち株制は全然考えていない」と会社の弁護士。
「お金はいい影響より悪い影響を与えている。埋葬式の帰り道に遺産のことで口論を始める遺族のようだ」(さすが弁護士、名言!)

1970年から続いたエスプリも幹部とともに失われた?

シャルリー・エブド/Charlie Hebdo

宝くじで大金を当てて、1年後に離婚したり家族と決裂した、という話は珍しくない。貧乏も困るけど、(多すぎる)お金は決して人を幸福にしないってことだ。


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Epinal。名前は聞いたことあるような・・・でもどこにあるか知らん、という町に、評判のいいアートの学校(Ecole Supérieure d’Art de Lorraine、略称 ESAL)があるそうだ。私が知らない町なら、フランス地図の右上あたりにあるに違いない、と思ったら、はたして:ロレーヌ地方、ヴォージュ県、人口32万。近くにある有名な町はナンシー、メッツ。

エピナル

エピナルに数ヶ月住んだことがある友達曰く、
「恐ろしく何もない町、周囲は森だらけ」
「ヴォージュ人ですごく田舎っぺでズレてる」
「映画館もないし夜遊びもできない」
そうで(ヴォージュ県在住の方がいたらごめんなさい。あくまでも友達の意見です)パリの不夜城バスティーユに住んでいる娘が、家族や友達から離れてそんなとこに住んで、どうなるんだろう?
でも、ストラスブルグもパリのアールデコも超狭き門なんで、滑り止めも受けないと。ここでも滑り止らないかもしれない。
それに、「遊ぶものがないからみんな勉強するんだって」と本人はあまり心配していない様子。スバラシイ・・・

これが校舎
エピナル

まず書類審査(高校の成績表、バカロレアの点数、過去の作品のコピー、モチベーションレター)。
「書類審査通過」の通知は数日後に送られてきた。見る時間あったの?というくらい早く。

次のステップは課題作品:「正午にそのニュースを知った。彼(女)はすぐに・・・」という出だしを与えられ、3つのテクニック(水彩、エッチング、バンドデシネ、コラージュ・・・)で、3通りの続きを5枚以内で描け、というもの。
プレパ(予備校)の入試は、アントニオーニの映画の一場面が与えられ、その続きを描け、だった。アート学校試験の定番スタイルらしい。
この課題作品を持って4月1日に面接。
・・・と生活は続いていく。泣いてばかりもいられない。ありがたいことに・・・


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さよならの後遺症

火葬の申請書にサインするために獣医さんのとこに行った。
業者は月に3、4回しか来ないので、アナイスはまだここの冷蔵室に眠っている。
「寒くないかしら?」なんてバカな考えが浮かんだ。
火葬は「集団」「個人(?)」とあって、「個人」だと遺灰が戻ってくる。料金は「集団」の約3倍(167ユーロ)だ。「個人」を選ぶと、「遺灰をどうするか?」の選択肢:
①空中に拡散する ②自宅に送ってもらう ③獣医さんに戻す
とある。空中に拡散するを選んだら、集団も個人もわからないじゃない。留守で郵便局に戻されたらいやなので、③にした。
もう一匹の猫、タマが沈んでいることを獣医さんに話したら「残された猫は殆ど全匹、欝になる」そうで、「もう1週間待ってまだ落ち込んでいたら薬を飲んだほうがいい」と言われる。抗欝剤。

タマは時々わたしの部屋に探しに来て、ベッドの下を覗いたりする。
昨日は、娘の膝の上で寝ているとき(私じゃなくてタマが)、階段がきしむ音がした。彼ははっと顔を上げ、アナイスじゃないのがわかるとガクッと頭を垂れた。こんなに希望に輝き、落胆する猫の顔を初めて見た。
タマはアナイスを追いかけ回しご飯をとったりして、アナイスが歯をむき出すこともよくあったのに・・・飼い主の悪口とか、新しいキャッツフードの評価とか、唯一の話相手だったんだろう。

アナイス&タマ2

下半身デブのタマは別名”アザラシ”

アナイス&タマ

私もアナイスとたくさんのことを分かちあった。アナイスが円形脱毛症で、エリザベスカラーをつけ、私が骨折して松葉杖をついていたときなんか-彼女は距離感がなくなってドアにぶつかり、私は移動するのに倍以上時間がかかった-お互いの不便さを慰めあったもんだ。

今日もタマは待っている。入り口とエサのある場所が一望できるキッチンの椅子の上に陣取って・・・

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さよなら・・・

アナイスが旅立ってから・・・6日になる。
肺に転移した癌がどんどん広がって、とうとう呼吸が苦しくなった。見ているほうまで息苦しくなるほど。
戸棚の中に隠れて出てこなくなった。
最後まで、自然に逝って欲しいと願った私だけど、この苦しさを我慢させるのはあまりに可愛そう。エゴイストだ。
獣医さんのとこに連れていき、注射をしてもらった。私の腕の中で、安らかな死に顔。
よく頑張ったね。9月末に「あと何週間」と言われたのに、5ヶ月も生きたじゃない。

うちに帰って、大急ぎでアナイスの毛のついたベッドカバーを洗たく機に入れ、愛用の碧いお皿を見えないところに片付ける。思い出させるものすべてが悲しく、ぽっかり大きな空洞ができたみたい。
いつも私を待っていた黒い毛糸玉がいないなんて。夜、脚の上に感じた暖かい重みがもうないなんて・・・よくこれだけ涙があった、と思うほど泣いた。サングラスをかけないと出かけられない。
このくらい泣くと、喉が渇くというのを発見した。脱水症状。

少し落ち着いたとき、途方に暮れているのは私だけじゃないことに気付いた:もう一匹の猫、タマ。アナイスに邪険にされながら、いつも後をついてまわっていた。

どこに隠れてるの?(アナイスはよくベッドカバーの中に入っていた)

タマ

ここじゃないんだ・・・

タマ2

君の指定席、取っちゃったよ。隠れてないで出ておいでよ・・・
そうだよね、タマ、今にもどこからか、黒い姿が現れそうだ。現れてほしい・・・

タマ3

2つ並んでいたお皿が1つになったので、「もうひとつはどうした?」という顔で見上げる。アナイスの食べ残しを平らげるのが愉しみだったので、そのせい、という説もあるけれど・・・

アナイスは火葬にしてもらって遺灰を田舎の庭に埋めることにする。そこにアナナス(ananas=仏語のパイナップル)を植えようかな。
追伸:コメントやメールを下さった方々、心からありがとうございます。アナイスも私も励まされました。


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志願者約2500人、合格者80人という狭き門。
「絶対受からないのに、志願料50ユーロ・・・どうしよう?」と娘。
高いブーツを欲しがるくせに、そんなとこでケチるんじゃないの!間違って通っちゃうかもしれない(と、奇跡を信じる母)

ストラスブルグに比べて超近代的なEcole des Arts décoratifs de Parisはパリ5区

パリのエコール・デ・ザールデコ

パリのアールデコの入試は、5つ関門があり、一番目はテーマが出され、4日間で作品を仕上げるというもの。A3の画用紙10枚まで。テーマは「50m」。
50のMでも、50の海(mère)でもブランド( marque)でも解釈は自由。
娘は素直に50メートル:オステルリッツ駅前の広場にいる女の子が50m歩く間に起こること。
どうしてオステルリッツ?
「高架線を通るメトロ、地上、セーヌ河の3つのレベルを描けるから」
“女の子”が見上げると、メトロに乗っている男性と目が合う、その男性を、セーヌ上の船から見ている人がいる、その船をアパルトマンの窓から見下ろしている女の子がいる・・・と、50mの間で通り過ぎる人たち、すれ違う視線を、
「絵にするの大変じゃない !?」と私。
「描きあげる時間があるかが問題」と娘。
1日目は写真を撮りに行き、構想を練り、2日間描き続け、3日目は仕上げてコピー(作品は返してくれないので)、19時前にアールデコに直接提出しに行った。
期日の消印有効で、この日、ルーヴルの中央郵便局は、特別に零時まで消印を押してくれるそうだ。零時を過ぎるとアールデコはカボチャになる!

娘のプレパ(予備校)にはほかにも願書を出している子がいて、そのひとり(男子)は、
M&M’sを50個(これは写真だけど、絵に描いてどう違うのか・・・?)

M&M's

歌手のMを50人

歌手M

「・・・描いたんだって!」と娘は大笑い。
「ふざけてない?自分の作品を説明するとき、どうするの?」
「受かると思ってないからどうでもいいみたい」

第一の関門を突破すると、この作品に関する面接、その後に筆記試験、もうひとつ作品制作、最終面接で決まるそうだ。
どこまで行けるか・・・ガンバレ!


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入試レースの始まり

バカロレアに受かった後1年間、ボザールのプレパ(予備校)に通っていた娘。1年と言っても、9月に始まって2月には終わり。本番の入試が始まる。日本と同じじゃない?・・・でも入学は4月じゃなくて9月だ。

娘は絵ではなく、漫画、イラストがやりたいので、アール・デコの学校を狙っている。皮切りはストラスブルグのアール・デコ。まず書類審査でふるいにかけ、面接でまたふるい落とす。志願者約1000人、合格60-70人とか。

Ecole Supérieure des Arts Décoratifsが正式な名前。歴史のありそうな、ちょっと古臭そうな校舎。
ストラスブルグ アール・デコ学校

書類審査は、
作品:風景、人物、裸婦(と裸夫)、各自のテーマなどの作品、A3の画用紙に15枚。
質問:20世紀の科学的研究であなたが最も重要と思うものは何か?その理由は?
ユートピアの構想が感じ取れる都市や建築物があるか?そのような建築物のひとつを描写しなさい。
・・・など「うっ」と詰まるような質問が5つ。

“各自のテーマ”が、grand aigle(75x110cm)に描いたバカでかい作品なので、そのサイズをスキャンできる印刷屋を見つけるのに苦労した。パリに2件だけ。「暴利むさぼってない?」という値段(50ユーロ)。

次に15枚の絵の順序を決めるのも頭を悩ました-正確には娘が悩むのにつき合った。
「CDの曲順を決めるとき、一番の自信作は最初に持ってこないって言わない?」
「関係ないんじゃない・・・」
娘は(も)夜型で遅くまで絵を描いている。こっちがウトウトしかけたとき、「ちょっと見て」「どっちがいい?」とやってくるのでこっちまで寝不足だ。
“この日の消印まで有効”の夜7時に送り出した。ヤレヤレ。
結果は5月とか(3ヶ月もかかるのかね)。
ストラスブルグは寒い、遠すぎる、とブツブツ言っているけど、それは受かってから考えなさい。

いつも南にばかり行くので、私もまだ知らないストラスブルグ。

ストラスブルグ


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猫語が話せたら・・・

もう病気と闘うのに疲れ果てたように見え、でも時にはまだイケそうに見えるアナイス。
2回に1回は「もうおしまい?ホント?」でも時には「よく食べたね、エライエライ」。

獣医さんに言わせると「“まだ食べる”“まだ移動する”の2つがバロメーター」だそうで、アナイスはまだこの2つをクリアする、と言ってもねぇ・・・一日の大半寝ているし、息子の肩に乗るのも、シーツを代えるとき邪魔して喜ぶのもずっと前にやめてしまった。
タンスの上も好きだったけど、今は上れない。

アナイス

息子は(もともと“彼の猫”なんだけど、全然世話をしないんで私になついた)「もう潮時」といい、私は「“その時”を決めるのは難しい」

結局、土曜日に獣医さんのとこへ“片道旅行”。
若い女性の獣医さんは、電話にはいつも応じてくれるし「これなら食べるかも」とキャッツフードをくれたり、とても優しい。人間の病人と同じように扱ってくれる。
アナイスは診察する獣医さんに歯をむき出して唸る元気が残っている。
「腫瘍は出血していないし、呼吸もほぼ前と変わらないけど、これからは衰弱する一方、今に口を開けて呼吸するようになる」
そこまでは絶対待ちたくないし、それがいつ来るかは獣医さんにもわからない。
眠っている間に自然に死んでくれれば本望だけど、
「この状態では、それは望めません。段々呼吸がしづらくなって苦しい思いをするだけ」と獣医さん。
「でも今日(安楽死の)注射をするかしないかはあなたが決めてください」
おっしゃる通りですけど、それが困る。どうしていいかわからない。
一緒に来た夫を見ると「アナイスはボクのこと好きじゃないし、君の猫だから・・・」
ますます迷う。涙が出てきた。
アナイス、どうしよう?どうしたい? ああ、猫語が話せたら・・・
アナイスは、さっさと籠の中に入って、ぐずぐずしないで早く帰ろうという顔をしている。

「あなたの気持ちの準備ができてるか、ってことですね」
準備なんて、永久にできそうもない。アナイスは家族、私の“3人目”の子供みたいなもんだ。
マスカラが流れ落ちた私の顔を見て、
「まだ十分にさよならがいえてないように思います。今度にしましょうか」と獣医さん。
その言葉で気持ちが決まった。

結局“往復の旅”。一緒にうちに帰ってきた。
アナイスは籠から出ると、そそくさと自分の場所で丸くなる。
数日の“執行猶予”。できるだけ一緒にいよう。


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プロフィール

Author:長谷川たかこ

この国に住もう!と決めたのは13歳のとき。それが実現したのは10年以上経ってから、それから20年の月日が流れました(計算しないで!)
現在フレンチ・コード主宰。訳書多数、著書2冊。夫1人、子供2人、猫2匹と暮らす騒がしい毎日。映画と料理とデビッド・ボウイが趣味。


長谷川たかこ

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