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泣き笑いのお別れ

日曜日、泣きながら眺めた景色をもう一度。4日後、娘と私は田舎に向かう電車に乗った。

村が近づくとこういう景色になる。

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従弟ジャン=ピエールの告別式は、改築された村役場のSalle des fêtes/宴会場。
“音楽入りで陽気に”という彼の希望通り、親族や友人の「別れの言葉」の合間にジャン=ピエールのPlay listが入る。
巨体にもかかわらずダンスが上手で、私がダンスを習いだしたのも一緒に踊るためだった。でも私が何とかステップを踏めるようになったとき、彼はもう踊れなくなっていた。

彼のシャンパンJean Pierre Royer père et filsは日本へ何千本も輸出された。クライアントのひとり、某出版社の社長さんがこの田舎まで訪ねてきたのは6年前の早春。広大なブドウ畑(土の古さでシャンパンの各が違う)を周り、マリー・フランスの手料理を絶賛した。
マリー・フランスが30年独身を通し、ジャン=ピエールが離婚するのを待って結婚した話は、社長さんを感激させ「ぜひ小説にしよう!」 彼らの家のすぐ近くにローマ時代の橋が残っているので、タイトルは『ローマ時代の橋』。クリント・イーストウッドとメリル・ストリープの『マディソン郡の橋』の二番煎じを狙おう!と盛り上がった。
そう、マリー・フランスは30年待って15年一緒に暮らした。思い出だらけの大きな家で、これからどうやって暮らしていくんだろう・・・

告別式の最後に、参列者がひとりひとり棺に触ったりキスして、さよならを言った。その列の長さ!私たち親族は前に座っていて見えなかったけど、会場に入れなかった人が大勢いたのだ。隣村やまたその隣の村からも、彼の人柄に触れた人たちがさよならを言いに来た。

その後、彼らの家に移って賑やかな酒宴になる。ひと電車遅れて息子も着いた。

ブドウ畑に囲まれた彼の家。

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暑いくらいの日差し、庭にテーブルが用意されシャンパン(もちろん!)が何本も開けられた。今にもジャン=ピエールが現れて「おいマリー!(彼はマリー・フランスをこう呼んでいた)、ここシャンパンが足りないぞ!」と叫びそうだった。

帰り道、息子が「知らないおばあさんに言い寄られそうになった」
「?」
「ジャン=ピエールのお姉さんの友達(つまり70歳以上)という人が、『あなた、ジャン=ピエールの若いころにどこか似ているわ』って、熱い視線で見るんだ」
思い出に笑っては、彼のことを過去形で話しているのに気づいて泣く・・・
自称ウォータープルーフのアイラインはすっかり流れ落ちた。


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プロフィール

Author:長谷川たかこ

この国に住もう!と決めたのは13歳のとき。それが実現したのは10年以上経ってから、それから30年の月日が流れました(計算しないで!)
現在フレンチ・コード主宰。訳書多数、著書3冊。夫1人、子供2人、猫2匹と暮らす騒がしい毎日。映画と料理とデビッド・ボウイが趣味。


長谷川たかこ

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