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パリとマラケシュ、既に話題になっている2つのサン=ローラン美術館のオープン(10月初め)を待たず、ピエール・ベルジェが亡くなった。

ピエール・ベルジェ死去
photo:AFP

モロッコ、マラケシュの美術館。

マラケシュ、サン=ローラン美術館

サンローランの半世紀の伴侶であり、保護者であり、クチュール・メゾン、イヴ・サン=ローランの支柱となった人。メセナ(芸術擁護者)であり、エイズ患者のために戦った実業家・・・

イヴとピエールが出会ったのは、1958年2月、ハーパース・バザー主催のディナーの席。その前の年、ディオールの主任デザイナーに抜擢されたイヴは21歳。18歳でパリに出てきて本屋を経営していた文学青年、ピエールは27歳。2人は忽ち恋に落ちた。
当時ピエール・ベルジェは画家ベルナール・ビュッフェの恋人で、彼のビジネスを仕切っていたが、この日以来、イヴのために同じことをするようになる。
60年、イヴはアルジェリア戦争に徴兵され、すぐに抑うつ症になりヴァル・ド・グラース病院に収容された。同時にディオールを解雇されたことを、お見舞いに行ったピエール・ベルジェが告げると、イヴの返事は、
「じゃ僕たち2人で別のメゾンを作ろう、君が運営するんだ」
1962年、イヴ・サン=ローランYSLが生まれ、2人の「僕は創る人、君は売る人」のデュオは、2002年、イヴが引退するまで40年続く。イヴ・サン=ローランは確かに天才的デザイナーだったけど、ピエール・ベルジェの運営力がなければ、フランスのエレガンスの代名詞にまでならなかったに違いない。

1970年、”幸せなモロッコ時代”。真ん中は当時、”ヒッピー・シック”のアイコンだった女優&モデルのタリタ・ゲティ。

イヴ・サン=ローランの伴侶ピエール・ベルジェ死去
photo: Paris Match

1998年。

イヴ・サン=ローランの伴侶ピエール・ベルジェ死去
photo: orange

ベルジェの野心はYSLだけにとどまらず、74年、『Mode et Création/モードとクリエーション』グループを作り、イヴはもちろん、ディオール、ウンガロ、ソニア・リキエル、ドロテ・ビス、Kenzo・・・を擁護し、86年にモード研修と専門職の鑑定を行う『Institut Français de la Mode/フランス・モード・インスティテュート』を作る。プレス界にも進出し、1990年、新聞Courrier international、95年 に雑誌Têtuを創刊。ル・モンドの大株主でもあった。

失敗もあったというけどピエールが関わればビジネスは概ね成功し、イヴと巨万の富を成し、世界中の美術品を買い集める。
2009年、イヴが亡くなった翌年、思い切りよく美術品の殆どを競売に出し、グラン・パレで《世紀のオークション》が開かれた。
売り上げは3億7500万ユーロ(約487億5千万円。ゼロの数が違う世界で暮らしていた!)。

映画『イヴ・サン=ローラン』では、鬱とアルコール、ドラッグに閉じこもりがちな天才デザイナーを立ち上がらせ、励ますピエールをギヨーム・ガリエンヌが演じている。

数年前からミオパチー(筋ジストロフィーなど筋肉の難病)に苦しんでいたけど、精神力で最後まで仕事をし、サン=ローラン美術館のオープンを待ちかねていた・・・
あの世でイヴと一緒にオープニングを見守るんでしょうね。


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プロフィール

Author:長谷川たかこ

この国に住もう!と決めたのは13歳のとき。それが実現したのは10年以上経ってから、それから30年の月日が流れました(計算しないで!)
現在フレンチ・コード主宰。訳書多数、著書3冊。夫1人、子供2人、猫2匹と暮らす騒がしい毎日。映画と料理とデビッド・ボウイが趣味。


長谷川たかこ

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