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アラン・ドロンの涙

60年以上のキャリア、ヴィスコンティ、アントニオーニ、メルヴィル、ルネ・クレマン・・・名監督の映画80本に出演したアラン・ドロンが、カンヌで一度も賞を取っていなかった 、というのはびっくりだ。

日本でこそ人気があるけど、母国では傲慢で自意識過剰、扱いにくい、と言われ、カンヌとも長年仲が悪かった。
それで83歳まで待たされたのか・・・ようやく、これまでの功績にパルム・ドール名誉賞が与えられることになった。という発表に、Women and Hollywoodというアメリカのアソシエーションが反対署名運動を始めた:人種差別、ホモ差別、女性蔑視のアラン・ドロンに名誉賞などとんでもない!
署名は2万5千を超えた。

19日のジュルナル・デュ・ディマンシュのインタビューでドロンは、
「そんなことを言うアメリカ人は誰なんだ?彼女たちの作り事だ。私はゲイの結婚に反対ではない。そんなことどうでもいい。好きなようにすればいい。でも同性の両親が養子を取るのには反対だ。子供には父親と母親が必要だと私は思う。
私が女に平手打ちを食わせた?それは事実だ、でも自分がやったのより多くの平手打ちを食らっている」
「これだけ長年やってると鬱陶しがられる。『アイツまだいるのか』と。長続きする成功は嫌われ、色々言われることになる」
だからいちいち気にしていられるか、と。

83歳にしては、背筋がピンとして歩き方も堂々としている。お腹がちょっと出た?

アラン・ドロン、カンヌ映画祭
photo:linternaute.com

19日夜、パルム・ドール名誉賞が、娘さんのアヌーシュカの手から渡されると、毒舌は姿を消し、感動で涙声になった。

アラン・ドロン、カンヌ映画祭
photo:closer

「私がスターだとしたら、それはほかの誰でもない、観客のみなさんのお陰だ」
ピガールのチンピラだった自分をスカウトしてくれる人がいなかったら、今頃死んでいたか、刑務所だっただろう、とインタビューでも語っていた。
「最初、私の武器は顔(美貌!)だけだったけど、それだけなら1年と持たなかったはず。私が大根だったら、これだけ長続きしなかった」と付け加えるのを忘れない。

カンヌのステージでは「こんなにメソメソするのは滅多にない」と自嘲し、
「私はいずれ“旅立つ”。でもみなさんにお礼を言わないでは旅立てない」
“傲慢さ”が微塵もない映画界大モンスターの挨拶に、会場は盛大で長い拍手を送った。

さて、パパにパルム・ドールを手渡したアヌーシュカ・ドロン。
ドロンの女たちの中で母親は誰でしょう?
ロミー・シュナイダー、ドイツ人歌手ニコ、フランシーヌ・カノヴァ(ナタリー・ドロン、アントニーの母)、ダリダ、ミレイユ・ダルク・・・答えはオランダ人モデル、ロザリー・ファン・ブリーメン。ドロンは彼女との間に2人の子供、アヌーシュカとアラン=ファビアンがいる。


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プロフィール

Author:長谷川たかこ

この国に住もう!と決めたのは13歳のとき。それが実現したのは10年以上経ってから、それから30年の月日が流れました(計算しないで!)
現在フレンチ・コード主宰。訳書多数、著書3冊。夫1人、子供2人、猫2匹と暮らす騒がしい毎日。映画と料理とデビッド・ボウイが趣味。


長谷川たかこ

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