元大統領の熱烈な恋文

1996年1月、フランソワ・ミッテラン大統領のお葬式に、隠し子マザリンとその母親アンヌ・パンジョが参列した。
左から本妻ダニエル、息子ジャン=フランソワ、マザリン&アンヌ・パンジョ、息子ジルベール

ミッテラン元大統領、愛人げの恋文
photo:MAXPPP

元大統領に愛人がいたことは既に公然の秘密。なにしろ32年続いた関係。その間にミッテランがアンヌに送った1218通の恋文『アンヌへの日記』(『アンネの日記』ではなく!)がガリマール社から出版される。

2人が最初に会ったときフランソワ・ミッテランは45歳、アンヌは18歳!ニエーヴル県会議員だったミッテランはアンヌの両親と知り合いだった。
間もなくアンヌはバカロレアを手にパリへ。「結婚する前に装飾関係の仕事につきたい」
パリに親戚のいないアンヌの世話をミッテラン夫妻が申し出る。2人の恋物語が始まったのは63年、ミッテラン47歳、アンヌ20歳。
『アンヌは私の喜び、私の恩恵、私の希望・・・私の人生に彼女が占める場所の大きさにしばしば驚く』と64年の日記。冷徹で専横な政治人間だったミッテランの知られざる顔、“恋するフランソワ”・・・

「予期しないことだった」とアンヌ。ミッテランは妻ダニエルと別れる気は毛頭なく、アンヌは愛人になる。
「政治的キャリアと家族の大切さのため」とミッテランの友人たちは言うが、アンヌは
「彼はダニエル(妻)を選ぶと決め、彼女を絶対見捨てなかった」
アンヌは日陰で生きていくことを受け入れるが、経済的に自立したかった。
彼女は美大に行き、美術館学芸員の資格を取る。数年後、彼女は19世紀の彫刻の専門家となる。

ミッテランの愛人はアンヌだけではなかった。でもアンヌにとっては「後にも先にも彼だけ。一人の男性を愛し、尊敬するのは最大の幸せ」
それだけに81年ミッテランが大統領になったとき、彼女は“関係の終わり?”と心配した。ところが逆に大統領はセーヌ河岸Quai Branlyにアパルトマンを借り、アンヌとほぼ毎日会うようになる。
大統領は2つの家族の間を行ったり来たり:週末とクリスマス、ロマンチックな夕食はアンヌと、友達との夕食、公的外出、新年はダニエルと。
アンヌは離婚を迫ったことも浮気を咎めたこともない代わり、「子供が欲しい」。
ミッテランは愛人の“唯一の願い”に折れ、1984年にマザリンが生まれる。当時、2人の関係を知っているのはごく近しい人だけだった。

86年、オルセー美術館開館式で。ジスカール・デスタン、ミッテランを案内するアンヌ(赤い服の背中)。ミッテランの熱い視線!

ミッテラン元大統領、愛人げの恋文
photo:AFP

フランスの歴代大統領にはみんな愛人がいて、それは当たり前どころか“男の勲章”。それにしても大統領になった途端、妾宅を設けて二重生活を始めるなんて・・・(続く)

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プロフィール

Author:長谷川たかこ

この国に住もう!と決めたのは13歳のとき。それが実現したのは10年以上経ってから、それから30年の月日が流れました(計算しないで!)
現在フレンチ・コード主宰。訳書多数、著書3冊。夫1人、子供2人、猫2匹と暮らす騒がしい毎日。映画と料理とデビッド・ボウイが趣味。


長谷川たかこ

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