本宅と愛人宅の二重生活は14年間、ミッテラン大統領が亡くなるまで続く。アンヌは大統領の癌を最初に知らされた一人。癌は脳まで転移していた。
亡くなる日も彼女が付き添っていて、容態が悪くなったので主治医を呼んだ。最後を看取ったのはアンヌと娘のマザリン。2時間後、今度は正妻ダニエルの番で、2人は帰った。
遺言執行人はダニエルは「埋葬式に“もうひとつの家族”はどうしましょう?」
ダニエルは「来てほしくない」(ま、そうだろうね)でも相談の結果、大統領の“2つの家族”が出席することに。
大統領の死後、アンヌは無名の人に戻り、2011年の定年まで美術学芸員、ルーヴル美術学校の講師を勤めた。同じ年、正妻のダニエル・ミッテランが亡くなる。

ダニエルもよく我慢したと思う。
彼女とフランソワ・ミッテランが出会ったのは1944年の初め。ダニエルは17歳からレジスタンス活動に加わり、両親はマキ(レジスタンス活動員)を匿っていた。パリのレジスタンス活動を指揮していたフランソワは、ブルゴーニュに逃げなくてはならなくなり、ダニエルが逃走を助けることに。列車の中で、ダニエルはフランソワの恋人の役を演じる。列車が目的地に着くころ、お芝居は現実になっていた。同じ年の10月に2人は結婚する。映画になりそうな話!

17歳からレジスタンス運動をしたくらいだから政治に関心が強く、その能力があったダニエルは、第三世界援助の運動家になる。

ミッテラン大統領夫妻

81年、フランソワ・ミッテランが大統領になってから、ダニエルは「飾り物になるのはいや」と、エリゼ宮に自分のオフィスを作らせた。
夫の心は愛人に奪われても、自分の政治活動のために“大統領夫人”の椅子には固執したんだろう。

ミッテランの生誕100年でもあり、『アンヌへの日記』と『アンヌへの手紙』の2冊がガリマール社から出る。
前者は新聞の切り抜きやメトロのチケットが貼り付けられ、初めて恋をしている青年のよう。“権力と秩序の人間”だったミッテランから想像もつかない。
どちらもアンヌに宛てたもので、彼女も73歳になって(↓)大統領との半生を日向に出したいと思ったんだろうか?

ミッテラン大統領の愛人

本を読んだ文芸評論家は「メタフォールを使い、文才がある。フランス語を大切にする最後の大統領だった」
そしてカリスマのある最後の大統領だった。
スクーターで愛人宅に駆けつけるとこを写真に撮られるようなドジもしなかった。
大統領選に向けて、候補者が次々に本を出しているけど、それを凌いで売れそうだ。

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プロフィール

Author:長谷川たかこ

この国に住もう!と決めたのは13歳のとき。それが実現したのは10年以上経ってから、それから30年の月日が流れました(計算しないで!)
現在フレンチ・コード主宰。訳書多数、著書3冊。夫1人、子供2人、猫2匹と暮らす騒がしい毎日。映画と料理とデビッド・ボウイが趣味。


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