長谷川たかこのパリのふつうの生活
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パリのふつうの日常
イヴ・サンローラン回顧録
DATE : 2008-06-11-Wed Comment 0
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サファリジャケット、パンツスーツ、タキシード、シースルー・・・女性のワードローブを圧倒的に豊かにしたサンローラン。最後のデフィレのDVDが出るのを待ちつつ、偉大なクチュリエの回顧録。

クリスチャン・ディオールのアシスタントとしてデビューしたサンローラン。ディオールが他界すると、21歳でその後を継ぎ、4年後、1962年にはピエール・ベルジェと自分のクチュール・メゾンを開く。同じ年に披露した最初のコレクションのデフィレには、ロスチャイルド男爵夫人、フランソワーズ・サガンなど有名人がやってきた。オートクチュールに初めてスポーツウエアを取り入れ、モード史上に残るコレクションになる。順風に乗って、初の香水《Y》を発表。
1965年のデフィレではモンドリアン・コレクション(上の写真)を発表し、サンローランは押しも押されぬ人気デザイナーに。
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1966年、サンローランは女性のスモーキング(タキシード)を発表し、センセーションを起こす。これ以来、スモーキングは違ったデザインで毎回デフィレに登場。サンローランのアイコンのひとつとなる。
66年は、パリの7区にプレタポルテのブティック、サンローラン・リヴ・ゴーシュが開いた年でもある。ブティックのゴッドマザーは、オートクチュールの顧客であるカトリーヌ・ドヌーヴ。

60年代の終わりには、NY、ロンドンにサンローラン・リヴ・ゴーシュのブティックを開き、リヴ・ゴーシュ・オムもスタート。コレクションに透ける素材が登場したのもこの時期。
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広いジャンルのアートを愛するサンローラン、ロシアのバレエ・オペラやピカソ、マチスへのオマージュなど、70年代はアートからインスピレーションを得たコレクションが目立った。
80年代には今では定番になっているサファリジャケット、アフリカンルックを発表。

1982年、メゾン創立20周年記念にサンローランはインターナショナル・ファッション・アワードを受賞。3年後にはグラン・クチュリエのオスカーに輝く。
1990年のデフィレは、「自分に影響を与えたすべてのアーティストへのオマージュ」で拍手が止まない大成功に。

1998年、ファムのプレタポルテにアルベール・エルバズ、コレクション・オムにエディ・スリマンと2人のデザイナーがメゾンに参加。
7月12日、サッカーワールドカップ決勝戦の前に、スタッド・ド・フランスに300人のマヌカンを動員し、デフィレを行う。8万人の観客の前に、サンローランの歴史が絵巻のように繰り広げられる。サンローランにとってこのデフィレが最後の輝きだった。
2000年、メゾンは企業グループPPRに買収され、PPRはトム・フォードをアート・ディレクターに起用。モードのことは知り尽くしていても、高級ブランドグループ間の戦争には関わりたくなかったサンローランの“アデュー”が始まる。2001年、インターコンティネンタル・ホテルでサンローランの最後のデフィレ。2002年にはクチュール・メゾンを閉めることを発表した。写真は最後のデフィレのフィナーレ。カトリーヌ・ドヌーヴ、レティシア・カスタ、2人のミューズに挟まれながら寂しそうなサンローラン。
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2004年、トム・フォードが去ってから、イタリア人デザイナー、ステファノ・ピラティがアート・ディレクターを務める。

黒いプルオーヴァーに黒いスカート、愛する男の腕の中にいれば女性はこれだけで美しい、といったのはサンローラン。中身のエレガンスの大切さを繰り返したのも彼だった。


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