子供たちに質問されて答えられない、という経験をするようになって、日本語の難しさを改めて悟った。
2人の子供は日本語学校に通っている。彼らの生活は友達も、学校の先生も、もっと小さかった頃はベビーシッターもフランス語なので、母親が、夜ちょっと日本語をしゃべったところで勝ち目がないのだ。

子供たちが使っている日本語の教科書。
「ワープロ」とか「フロッピー」とか死語が出てくるのが可笑しいけど、なかなかわかりやすく説明してある。
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小さいときは寝る前に日本語の本を読んでいた。
『桃太郎』とか『浦島太郎』の定番、娘は『鉢かつぎ姫』が好きで、私が一番好きなのは佐野洋子の『百万回生きた猫』だった。
ある日、息子が
「“さんとーば”ってどういう意味?」と聞く。
「サントーバ?三塔婆?・・・そんな言葉ないわよ」と言っても、「絶対お話の中に出てくる」と言い張るので、あれこれ読み返したところ、「おじいさんとおばあさん」の真ん中であることを突き止めた。
コイツ、何にもわかってなかったんだ!とがっくりした。

日本語でとくに難しいのは助詞だ。
主語は「は」か「が」で、私たちはそれを深く考えずに使い分けているが、なぜ「は」じゃなくて「が」なんだ?と聞かれると深く考えることになる。
「『信号赤です』、でも動詞が変わると「信号赤になりました」』
「なぜ?」
「『信号赤になりました』というと、他のものは赤くなっていないけど、信号は赤くなったようなニュアンスがあって・・・」
「他のものが赤くなる状況って何?」
「他のものが赤くなる状況とは・・・」
と答えが大いによどんでくる。
「信号は・・」「信号が・・」と繰り返しているうちに自分でもわからなくなって、
「そのまま覚えなさい」とか「どっちも使える」になってしまうのは、情けないというか歯がゆいではないか。

養老 孟司さんの『バカの壁』を読んでいたら、ちょうどそのことが書かれていた。
「昔々あるところにおじいさんとおばあさん住んでいました。おじいさん山に芝刈りに、おばあさん川に洗濯に・・・」
という例を出し、不特定なときは“が”で、“そのおじいさん”と、定冠詞がつく場合は“は”になることが多い、という説明だ。
正確な文章は忘れてしまったが、主旨はこうだった。
おお、画期的な答えを見つけた!と一瞬喜んだが、これでもすべては説明できないのだ。

「そのまま覚えるしかない」「それは例外よ」ばかり言ってられない。
私が日本語教授法の研修を受けようと思い立ったきっかけだ。


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プロフィール

Author:長谷川たかこ

この国に住もう!と決めたのは13歳のとき。それが実現したのは10年以上経ってから、それから30年の月日が流れました(計算しないで!)
現在フレンチ・コード主宰。訳書多数、著書3冊。夫1人、子供2人、猫2匹と暮らす騒がしい毎日。映画と料理とデビッド・ボウイが趣味。


長谷川たかこ

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