
マシな状態の雪を求めて、私たちは2800mまで上った。今日も青空、Tシャツで滑っている人もいる。ベルギー人の叔父さんとおしゃべりする。ベルギー人の多くは英語、フラマン語、ワロン語、フランス語など3?4ヶ国語しゃべる人が多いけど、彼らのフランス語は、真似できないもったりしたイントネーションで、こういったらナンですが眠くなる。「雪が悪い・人が多い」と文句ばっかりの女性が、案の定転んだ。転んで何が悪い?確かにその通り、誰だって転ぶが、彼女は起き上がらない。先生が駆けつけると、「もうスキーははけない、帰れない」という。そんなに重大な転び方してないけどな・・・というハテナ顔で、先生は救急隊を呼んだ。こういうとき、ケータイは便利だ。間もなく担架ソリを引っ張った救急隊員が登場。彼女を担架に寝かせミイラみたいにぐるぐる巻きにして、スキーで降りていく。「最初からもっと下のクラスに行けばよかったのに」「でもあの担架のソリ、一度乗ってみたい」などささやきが聞こえる。
フランスのスキーの先生はESF(フランス スキー学校)に認定された人で、お揃いの赤いコンビネゾンに、12月からじっくり雪焼けした顔が目印だ。1945年には200人だったのが、今は全国で15600人の先生を数えるというから大したもんだ。でもスキー教師はぜいぜい年間5ヶ月の「季節労働」なので、夏は山歩きのガイド、ゴルフのコーチなどをしている。私たちの先生の本業は、家具作りもしている建具屋さん。食事や休憩のときに、自分の作った山小屋や家具の話をして、仲間から「ジャン、営業すんなよ!」とからかわれていた。スキーの先生の数は増えても、雪は益々少なくなっているから、それも彼らの心配要素だ。今にイタリアやオーストリアに出稼ぎに行かなければならない・・・
さて夕方ロッジに戻ると、さっきソリで担がれていった女性が、スタスタ歩いていた。
写真は、若くて優しい先生にあたってご機嫌の娘。
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