2人が初めて会ったのはクリスチャン・ディオールのお葬式だ。
それは運命的出会い。2人とも“生涯の伴侶”を見つけ、それはイヴの死まで、半世紀の間続くのだ。
「尊敬していた大デザイナーが私たちを出会わせてくれた」、とピエール・ベルジェ。
イヴは、女性のワードローブを変え、彼女たちに力を与える。
実業家のピエールは、Yves Saint Laurentを世界的ブランドにのし上げる。

amourfouaffiche430.jpg

映画は、ピエール・ベルジェの回想と写真、代表的な作品で綴られる。
目を見張るのは、彼らの住む世界(パリ、バビロン通りのアパルトマン、ノルマンディのシャトー・ガブリエル、マラケシュの邸宅)の豪華さと美しさ。お金がかかっているというだけではなく、美術品の配置の仕方はもちろん、本の積み重ね方にまで真似のできないセンスが感じられる(しかし、デザイナーで世界的に成功すると、ここまで儲かるのね!日本にはサンローランのトイレカバーまでなかったっけ?)

そして一番心を打つのは、全編に流れる哀しさだ。
いかなる喝采も、これほどの富も埋められなかった深い孤独、這い上がれなかった欝。
「欝に苦しまないのは一年のうち2日だけだった」とピエール・ベルジェ。春と秋の2回、コレクションが喝采を浴びたその日だけ。翌日にはもう次のコレクションのプレッシャーで顔が曇っていたそうだ。
「彼は欝を持って生まれた」とベルジェは言うけど、そうだろうか。
20歳でデビューした当時は内気そうな青年で、はにかんだ笑顔が可愛く、時には陽気な表情も見せる。

amourfou2_400.jpg

それからイヴの顔は変貌する。忽ちの成功に、表情には自信と、世間に対する鎧のような膜が現れる。
彼のコレクションは成功を重ね、期待を裏切れない、というプレッシャーから逃れるため、アルコール、ドラッグに溺れる。一人で歩けない状態で友達に送り届けられる日が続いて、ピエール・ベルジェの忍耐も切れる。
「スーツケースを持って、プラザ・アテネに引っ越した」というセリフに観客は思わず吹き出した。
プラザ・アテネは一番安い部屋だって700ユーロ、そこに1ヶ月泊まっていたというから、“家出”も桁が違う。

そして深い鬱の時代。抗欝剤と安定剤を大量に飲んでいて、仮面のような表情におぼつかない足取り。
デフィレのバックステージで、スタッフを仕切り、最後にイヴの背中を押して、拍手の続くランウエイに送り出すのもピエールの仕事だった。
98年、スタッド・ド・フランスを満員にした回顧デフィレは鳥肌の立つ美しさ。2002年、引退声明の記者会見・・・映画は、2008年、グランパレでのオークションまで見せる。

これはピエール・ベルジェのバージョンだ、という批評もあるけど、2人の劇的な半世紀を垣間見れて、私は画面に釘付けだった。第一、イヴのバージョンは永久に知りようがないのだ。
でも彼の“メッセージ”は確実に残っている。私が一番大切にしているスカートは90年代初めのサンローラン・リヴゴーシュ。何年経っても古びず、動いたとき美しいフォルムは他のブランドに敵わない。

『Yves Saint Laurent-Pierre Bergé, l’amour fou』
パリでは、UGC Ciné Cité les Halles(フォロム・レ・アール内)、 Gaumont Opéraなどで公開中。


にほんブログ村 海外生活ブログ フランス情報へ
↑ランキングに参加しています。お気に召したらクリックしてください


スポンサーサイト
コメント
コメントの投稿
プロフィール

Author:長谷川たかこ

この国に住もう!と決めたのは13歳のとき。それが実現したのは10年以上経ってから、それから30年の月日が流れました(計算しないで!)
現在フレンチ・コード主宰。訳書多数、著書3冊。夫1人、子供2人、猫2匹と暮らす騒がしい毎日。映画と料理とデビッド・ボウイが趣味。


長谷川たかこ

カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最近の記事
カテゴリー
おすすめ書籍
RSSフィード
おすすめコスメ
フランスに行くなら
プロヴァンスの田舎町をまわる1日
アーカイブ