中国の過去の亡霊 『赤い記憶喪失』

夫に先立たれて、ひとり暮らしのおばあさん、Deng(デング?)は一時もじっとしていない。ホスピスにいる母親を見舞い、おかゆ(のようなもの)を食べさせ、孫を学校に迎えに行く。成金になった長男は妻と子供と暮らし、次男はゲイで定職がなさそうだ。デングは頼まれもしないのに、料理(いつも肉団子)を作って2人の息子宅に押しかける。
長男は「疲れるからそんなことしなくていい」と優しく断るけど、嫁にはうっとうしい(「私がちゃんと料理できないみたいじゃない!」)
恋人と仲睦まじくしていた次男は「来るときは電話くらいしてくれ」と文句を言うが、「母親なんだから来たいときに来ていいはずだ!」と逆に怒鳴られる。

2人の息子、右が長男

中国映画 『Red Amnesia/闖入者』

ある日からデングのうちに謎の電話がかかるようになる。取ると“相手”は何も言わず、切れる。
警察に話しても“ひとり暮らしの老人の妄想”とまじめには取り合ってくれない。
そのうち、彼女は誰かに後をつけられている気がしてくる・・・
長男は自分のうちに住むことを薦め、次男は泊りにくると言うが、デングは頑なに首を横に振る。
息子達の心配や優しさも彼女の閉じた心には届かない。彼女が心を開くのは、亡くなった夫の“亡霊”だけ。ひとりでご飯を食べながら、デングは夫に話しかける。

怪電話や追跡の理由に、彼女は思い当たることがあった。1960年代、中ソが対立したとき、中国北東部にあった大工業地帯が、デングの夫も含む何百万人という工員とともに山岳部に移された。その「国内亡命者」の間で何があったのか・・・?

中国映画 『Red Amnesia/赤い記憶喪失 』(原題は『闖入者』)

中国映画 『Red Amnesia/闖入者』

毛沢東時代とこの動乱を生きたデング、そのトラウマを“一時もじっとしていない”ことで紛らわそうとしているのがリアルだ。
何もせずにいられる人は心が平穏だから、と思う。”親切”を押し付けておいて、相手が喜ばないとムッとなる、のも・・・身に覚えが。頼まれもしないのに、子供に何かしてあげて、その反応にひとりで腹を立てているのは誰だ?

監督のワン・シャオシュアイは、2011年の『我11』でも、この政治的動乱を描いているそうだ。地味な、哀しいお話だけど、中国の歴史の一コマとその後遺症を知る、いい作品・・・よく考えると、中国の歴史はすごく大筋しか知らない。
デング役のLü Zhongは中国では有名な舞台女優とか、他の俳優も上手い。
ラジオFrance Inter の映画評では「今週1本観るならコレ!」

Red Amnesia
ワン・シャオシュアイ監督作品
1時間45分
MK2 Beaubourg などで上映中

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コメント
長谷川さま:初めまして
 数年前より、貴ブログの黙読を続けている者です。何時も興味深い話題の提供、お疲れ様です。
 
 この映画ですが、題名も内容も全て初耳です。しかし、近年、中国では、この種の「過去の政治動乱の季節に、心ならずも闘争に敗れ、悲惨な人生を過さざるを得なかった人々や、その積年の葛藤を主題とした映画」が続々と制作され、公表されています。
 社会の構造や人々の気風が激変したため、過去の体験を「第三者の様な他人の眼」で眺められる、或る種の距離感が取れるようになった所為かもしれません。

 説明されています「中国国内の北東部にあった大工業地帯」とは、その昔、日本の産業資本が満州国に建設した工業生産施設のことで、今風に云えば、「工業コンビナート」です。それを、中ソ対立時代に戦火(戦禍)を怖れた中国政府が予め内陸部へ移転させた「工業疎開」が、この映画の背景にあるのでしょう。

 政治闘争の盛んな時代でしたから、ちょっとした意思疎通の齟齬や政治的風潮の変動に呑み込まれ、権力闘争に敗れ社会の片隅に追いやられて往った人々も沢山居た筈です。
 無言電話とは、そ種の権力闘争の残り火が、こうして経済発展を遂げた中国社会の裏側から、ブスブスと燻ぶっているのかも知れません。
 ネット上の動画サイトには、中国語の完全版が掲示されています。時間があれば、類作と比較しながら鑑賞してみます。

 ご紹介、有難う御座いました。お元気で。

 
Re: Yozakura様
お詳しいですね!まさにその時代の忌まわしい記憶につきまとわれている老婦人の話で、何が忌まわしいのかは最後のほうで説明されます。フランス語で『内陸へ亡命』と表現されていたのは『工業疎開』だったんですね。
ありがとうございます。
 
返信を拝見。四川省などの西南地方の山奥に「工業疎開」したのでは?
長谷川さま
 返信を拝見しました。

> お詳しいですね!

 私の投稿も、少しは役にたったのでしょうか?御褒めに預かり恐縮です。しかし、好評を頂戴した時ほど自戒が必要なものです。昨日の自分の投稿内容に就き、念の為、少し調べてみました。

> それを、中ソ対立時代に戦火(戦禍)を怖れた中国政府が、
> 予め内陸部へ移転させた「工業疎開」が、----

 手許に在ります【中国近・現代史年表】に拠れば、

> 1963年9月:中ソ公開論争開始(1964年7月まで)
> 1964年8月:毛沢東、西南戦略後方基地と「三線建設」を提起
(出典:中日辞典、小学館、第1版、1992年)

 との記述があります。中ソ公開論争の終結の直後に、国家の指導者であった毛沢東が「西南戦略後方基地を提起」とありますから、これは多分、山奥の四川省の辺りに工業設備を移転させたのでしょう。
 私の「工業疎開」の説明は、概ね正確であった模様です。お邪魔しました。お元気で。
 
修正と追加情報です
長谷川さま
 例の映画ですが、先月の投稿の一部を修正します。「工業疎開」と書きましたが、意味は

「満州に日本が築いた工業生産設備(の一部)を、国防上の配慮から集団的に移転した工場ぐるみの疎開」

であります。従って、簡潔に表現すれば、

「生産設備の工場ごとの疎開」⇒「工場疎開」

 と表現した方が良さそうです。

 また、原文で片仮名やアルファベットで表記されている人名の漢字表記は、恐らく以下のようになるかと推測します。
 御参考になれば幸いです。お元気で。

Deng(デング?)----鄧
ワン・シャオシュアイ----王小帥
Lu: Zhong----呂中
Re: Yozakura様
ご丁寧にありがとうございます!
フランス語から、正確な日本語表記-特に固有名詞-を見つけるのは簡単ではないので、参考になります。
こんなにお詳しいのは中国に住まわれていたから?あるいは中国史の専門家?と推測しています・・・真実はいかに?
お元気で。
物好きなマチュアの研究者です
長谷川さま
 フランス語の字幕付き映画では、本来の漢字表記は読み難いのではないですか?先日、追加した「人名の漢字表記」は、原作の中国語版映画のタイトル・クレジットから引用したものです。多分、あの表記でしょう。

 ただ、現在の中国では、中国共産党が採用している「簡体字(旧字を簡略化した文字。simplified Chinese characters)」が使用されています。因って、「鄧」「帥」「呂」の3文字は原作の中国語版では、別の簡体字に書き換えられています。
 そこで、現代日本で専ら使われている漢字へ再変換して、表記し直しておきました。

> ----真実はいかに?

 御関心を払って戴き恐縮です。
 専門家ではなく、飽く迄も、物好きなアマチュア研究者です。専門家になりますと、各種各様の利害関係に絡め取られるために、本当のことが言いにくくなります。中国関連分野では特に、その傾向が強い模様です。
 お元気で。
Re: Yozakura様
確かにフランス語字幕だと、固有名詞が全然ピンときません。ありがとうございます。
中国関連分野では特に”本当のことが言いにくい”、想像できます。
お元気で。
専門家の案内記事を発見。但し有料の模様
長谷川さま
 無沙汰しております。

 今年の5月頃に貴女が掲示された中国映画【闖入者】の件です。
 ネット上のブログ【北京・胡同逍遥、2015年6月05日号】にて、この映画の紹介文を発見しましたので、勝手にお報せします。検索要素は、以下の通りです。御関心あれば、どうぞ。

[北京・胡同逍遥、 王小帥『闖入者』レビュー、2015-06-05]

 そのブログは、フリーの編集者・多田麻美氏が主宰・執筆しているサイトで、彼女は中国人の御亭主と共に北京市内の伝統家屋に居住しているそうです。恐らく、中国に留学した経験があり、中国語にも堪能なのでしょう。

 で、肝腎の映画【闖入者】の解説記事は、上記のブログとは別に、有料な課金サイトに掲示されています。何を隠そう、貴方に今通報しているこの私も、「金額不明の有料表示」に躊躇し、未読であります。

 ただ、「このブログの記事だけでも、参考になれば----」と思い、連絡差し上げました。お元気で。
Re: Yozakura様
ありがとうございます。
多田麻美さんのブログだけ拝見しました。
たしかに印象に残る作品でした。テレビでかかったらもう一度観たいです。
お元気で。
夏頃には鑑賞できた共有サイト上の完全版が削除されていました
長谷川さま

 先月上旬に書き込みされた一文「テレビでかかったら、もう一度観たいです」が、今しがた気になって、
 その映画【闖入者】の完全版が掲載されていたサイトを訪問してみますと、何時の間にか跡形も無く削除されていました。動画共有サイトでは、良くある話なのですが、今回も御多分に漏れず----と云った処です。

 同種の映画で宜しければ、東京国際映画祭で金賞(グランプリ)を受賞した長編作【青い凧、the Blue Kite】の、英語字幕付き版が掲示されています。
 こちらは、1953年3月のスターリン書記長の死亡報道が流れる日から、文化大革命の渦中に至る北京市内の庶民生活が題材になった映画です。その内容は、闖入者と同様に、政治動向の激変に翻弄される庶民の暮らしが細部まで描かれています。確か現在でも、中国大陸では公開禁止の作品です。
 検索用の要素は以下の通りです。

[The Blue Kite Film 1993 Part 1, Mandarin Movies]

 上記は、前半の三分の一くらいです。後半部も、何処かに在りそう。
 御関心あれば、探してみて下さい。正月休みには、適当な長さかと。お元気で。
 
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プロフィール

Author:長谷川たかこ

この国に住もう!と決めたのは13歳のとき。それが実現したのは10年以上経ってから、それから30年の月日が流れました(計算しないで!)
現在フレンチ・コード主宰。訳書多数、著書3冊。夫1人、子供2人、猫2匹と暮らす騒がしい毎日。映画と料理とデビッド・ボウイが趣味。


長谷川たかこ

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