アーランダ空港、全力疾走

帰る日。空港へは、中央駅から出るArlanda Express(アーランダ空港直行列車)に乗ることにした。
中央駅まで電車で15分、エクスプレスは15分置きで空港まで20分・・・1時間見れば大丈夫。出発1時間前の正午には着ける、という計算だった。間違いのもとは、中央駅でチケット売り場までたどり着く時間、チケットを買う時間を計算に入れていなかったこと・・・

時速175㎞まで出すアーランド・エクスプレス。料金は2人で約30ユーロ

アーランド・エクスプレス

しかもエクスプレスは出たばかりでフルに15分待ち、空港に着いたのは12時15分。しかもエールフランスのカウンターは空港の端っこ、その上、私たちの前にはベビーカーをチェックインしようとしている家族がいて、ついに私たちの番になった時、係員は、
「チェックインは終了しました」
「は?」
「あなたたち、10分遅れです」
「だってベビーカー家族が・・・」
「確かに。でも5分は遅れてます。それに飛行機はオーバーブック」
ウソーッ!5分以上待ったし、オーバーブックはそっちの責任でしょ!Eチケットに最終チェックインの時間なんか書いてないし、出発までまだ30分以上あるし、グチャグチャ・・・と2人でまくしたてたけど、あまり効果なし。
「変更できるんですか?それとも買い直し?」
「買い直しになると思います」
係員は、《オーバーブッキング(自分たちの非)》と《遅れてきた(こっちの非)》をしばし秤にかけていたが、「ちょっとそこで待ってて」と電話をかけ始めた。ドキドキしながら“そこで”待っていると、
「座席があるかどうか保証できませんが、この先にある《スペシャル・バゲージ》のカウンターで荷物を預けて、ゲートに行ってください。急いで!」
ヨーイドン!と私たちは、空港の反対の端っこにある《スペシャル・バゲージ》へ全力疾走し、スーツケースを預け、ゲートに向かうと、怖そうなオバサン職員が「ボーディングパスがないと通せない、Eチケットではダメ」。
ここで夫は諦めかけた。もう走れん。あなた、しっかりして!(なんて言わなかったけど)
私はエールフランスまで駆け戻り、ボーディングパスをゲット。怖いオバサンも今度はOK、ところがセキュリティチェックのゲートで私たちの前にいたマフィアっぽいオジサンがピーピー鳴りまくり、係員が触ったり脱がせたりし始めた。ツイてないときはツイてない。

ようやくマフィアが釈放され、セキュリティを通過してゲートに駆け付けると、
「あなたたちが来ないから、待っていた2人を今乗せたとこ」と女性係員。
ガーン!
「でもスーツケースが・・・」
スーツケースが乗ったからには私たちを乗せないわけにはいかない、と思っていたのに、
「降ろしました」
それはご丁寧に・・・
「オーバーブッキングですから、次の便にトランスファーしますね」
自らの非をすぐに認める素晴らしい女性!
「次の便は19時25分です」
新たに買い直さずに済んだけど、6時間以上、空港で暮らすってこと?
目の前で、私たちを乗せない飛行機がゆっくり方向転換を始めた。


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死人に口なし

日本のサイトで、ストックホルムの見所ランキング1位がヴァーサ博物館。船はそんなに興味がない私は「ふーん」と、乗り気ではなかったけど、これはすごかった。

ヴァーサも迫力だけど、

ストックホルム、ヴァーサ博物館

面白いのはその物語。
1626年、当時の王様グスタフ2世アドルフが、スェーデンの威力を世界に誇示するために戦艦を作ろうと思い立つ。戦艦というより広告塔。オランダ人設計士が呼ばれ(当時、船造りはオランダが一番だった)2年ががりの造船。オランダ人設計士は途中で亡くなり、奥さんが引き継いだ。超豪華でインパクトある軍艦が出来上がり、1628年8月に処女航海に出発。
大勢の観客が見守る中、ヴァーサ号が1300㎞進んだとき(港を出ないうち)強い風が吹き、船は傾き、そのままズズーっと沈没。約150人の乗組員のうち30人が亡くなった。

当日、プルシアに遠征していた王様は、15日後に沈没のニュースを聞き、激怒する。そして必ず犯人を見つけ出そうと、関係者全員を尋問した。全員が「自分は何もしていない。責任は・・・」と、亡くなったオランダ人の名を挙げる。なんと奥さんまでが「夫のせい」にしたそうだから、うかうか死んでもいられない。

沈没の最大原因は、船の背が高すぎて安定が悪かったこと。王様が、より目立ち、より豪華ににとてんこ盛りにしたのが最大の原因だけど、王様=神だから誰もそんなことは言えない。

船首の彫刻もこの凝りよう。

ストックホルム、ヴァーサ博物館

当時はカラフルが流行りで、このように着色されていた。

ストックホルム、ヴァーサ博物館

本番前のテスト運行で、技術者たちは既に「これはヤバい」と気づき、20回のテストを3回でやめている。「これ以上やったら、進水式前に壊れる」「そんなことになったら王の逆鱗に触れる」・・・本末転倒。

ヴァーサは333年海の底で眠る。1950年代末に位置が確認され、5年かかって1961年に引き上げられ、日の目を見た。
バルト海の水は塩分が少なく、フナクイムシがいないので、船は奇跡的に損傷がなく、ただ木材がたっぷり水を吸っていた。乾かすのに10年。木の保存にポリエチレングリコール(化粧品の乳化剤、界面活性剤)が大量に使われ、ほぼ(96%)元のままの姿が再現された。
博物館には、見つかった25人の犠牲者の骸骨、当時の姿の予想図まで展示されている。

グスタフ2世アドルフ王がどうなったかと言うと、ヴァーサ難破の4年後、1632年に30年戦争のリュッツェンの戦いで死んでいる。
教訓:死人に口なし(かわいそうなオランダ人・・・)
奢れるものは久しからず(王様)


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ストックホルム:2度あることは・・・

私たちが乗ったSAS便はヘルシンキを14時25分出発、ストックホルムに14時25分着。1時間の時差。つまりヘルシンキとストックホルムの間に日付変更線があるってこと(ほんとに線があるの?)

あんな小さい飛行機に乗るんだ。

ヘルシンキ空港

ストックホルムで借りたAirbnbの家主グスタフは、バイキングの末裔みたいな男性(写真で見る限り)で、「空港からストックホルム中央駅まで電車で来て、そこからタクシーに乗るといい」とアドバイスしてくれた。
ところが夫は、「めんどくさい、ここから乗っちゃお」と空港でタクシーを拾う。
タクシーは高速をぶっ飛ばし、行けども行けども街らしいものが見えてこない。15分くらい走ったとき「ストックホルム22㎞」という標識が見えた。シャルルドゴールからパリが24㎞だから倍くらいの距離?不安になってメーターを見ると、400という数字。
「あれはメーターじゃない」と夫。じゃ何なの?
しばらくして、タクシーは高速を降り、緑の多い住宅街で止まった。
「650です」
やっぱりメーターじゃない!私たちは固まった。
「650・・・ユーロ?」
「いえ、クローネ」
再度固まる。
「スェーデンってユーロじゃなかったの ?!」
運転手はうんざりした顔で、
「だからカードでもいいって」
10クローネが1ユーロ弱なので約70ユーロ。
「ストックホルムだと500クローネくらいだけど、ここ郊外なんで」と運転手。
「え!ここ、ストックホルムじゃなかったの !?」
と3度目の固まり。2度あることは3度・・・

「ところでユーロは使えるんですか?」と夫。
「使えるとこはあまりないね。スェーデン人って変だから」
運転手は他人事のように言うと走り去った。
グスタフの指示通り、コード番号を押し、2階に上がり、玄関マットの下に鍵。これほど危険な隠し場所はないと思うけど、安全な国ってことでしょうね。

外も中も緑が一杯のグスタフ家。「植物に水をやってくれますか?」の置手紙があった。

ストックホルムAirbnb

「ユーロが使えない、しかも今日は日曜日で両替もできない!電車にも乗れない!」
アパートメントに入るなり、夫はわめき、絶望してベッドに倒れこみ、5分後にはイビキをかいていた。まったく・・・

彼が眠っている間、付近を探検しようと外に出て、車から荷物を出している夫婦を見つけ、
-電車の駅は歩いて5分足らず
-その横の7-elevenではカードでチケットが買える
-中心街はカードで払えるとこが多い
ことを聞きだした。なんという功績!


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誰もいないホテルにて

ホテルにサウナを見つけた私はすぐに立ち直った。これで身体の芯まで温まる!
「行かない?」
暑がりの夫は渋るかと思ったら、「行こう!すぐ行こう!」
サウナはフィンランドが発祥の地。なんと2000年前。この上なく清潔なので、昔はサウナでお産していたとか。

果たして誰もいない。プライベート・サウナ!

sauna.jpg

その後、ホテルのレストランに行ったら、やっぱり誰もいない。

ヘルシンキ

メニューの数は少なくて、今日の料理は“今日の魚”かステーキ。
「今日の魚って?」
「White fishです」
「その白身の魚は・・・」
「White fishが名前なんです」
「・・・」
運ばれてきた白い魚は意外と美味しく、クリーミーなソースと温野菜も美味しくて、よく考えたらヘルシンキに来てから、カフェで簡単に食べたり、アパートメントでオムレツを作ったりして、レストランらしきところで食事をするのは初めて。だから何を食べても美味しいのかも。

ヘルシンキ

そこへ、7-8人の中国人のグループが入ってきた-もう10時を過ぎている-そして唯一のお客である私たちのお皿をみんなが指さして、なんだかんだと大声で議論を始めた。私たちのテーブルまでマジマジと見にくる人までいる。
「“それ何ですか?”って聞けばいいのに、見世物じゃない」と夫。
「まったく」
取り囲まれているとこへ、通訳の女性(中国人)がやってきて“white fish”を指さし、
「それ、温かいんですか、冷たいんですか?」
「湯気が出ているのが見えんのかね」と夫。
「通訳ならウェーターに聞けばいいのに」と私。
ようやく彼らは席に着き、観察していたら、全然違うものを頼んでいた。
ホテルのすぐ隣の国際会議場に「緑内障学会」のポスターがあったけど、彼らは眼科医なんだろうか?

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予期せぬ出来事

翌日は、海岸沿いの朝市広場に行った。途中、これから出発しようとしているパレードに出会う。
虹色のシンボルから判断するに、ゲイパレードみたい。

ヘルシンキ

朝市は観光客目当てで、観光グッズや食べ物の屋台が多い。地元の食生活が覗けるかと思ったらがっかりだ。
屋台では鮭のグリルも売っていて(贅沢な!)そそられるけど、この寒さ、外で食べたら凍える。気温16度、今にも降りそうな空、海沿いは風も強い。
1889年からある屋内市場があって 駆け込んだ。

marche couvert

スモーク・サーモン屋。たくさん捕れるくせに値段はフランスと変わらない。

marche_saumon.jpg

おお出た!クマの缶詰、隣はトナカイ 。「おみやげに買おうか」とクマさんの缶詰を手に取ったら48ユーロ。

marche_ours.jpg

「4.8ユーロかと思った」と夫。

バスに乗ったら、クリスタからSMS:「何時に発ちますか?」
「アラ、発つのは明日ですけど」
「いえ、予約は2晩で、間もなく次の人が来るんですけど」
「ウソ・・・」
記憶をたどると、最初ヘルシンキ2泊でサンペテルスブルグ4泊にしていた。その後「北欧の旅」に変更して、ヘルシンキ、ストックホルム3泊ずつにしようね、と決めて、ヘルシンキを延泊にするのを忘れていた、という恐ろしい事実に気づいた。
夫はロシアのヴィザで、私は宿の予約でドジ、これでお相子ね、なんて言ってる場合ではない。
携帯でホテルを探し始めた夫は、
「週末だし、満室もある。それに高い・・・」
「ほら、昨日Holiday innの前通ったじゃない」
「Holiday inn “プロモーション価格スタンダードルーム175ユーロ”」
「それそれ!」とすぐ予約した。

アパートメントに荷物を取りに帰ったら、クリスタは掃除をする様子もなく、テレビの前でポテトチップスを食べていた。次のお客、本当に来るんだろうか?彼女の宿泊料は65ユーロだった。

タクシーを拾ってホテルの住所を見せたら、それは“昨日通った”のではなく、街はずれの国際展示場の隣にあるHoliday innだったのだ。周囲はひと気のないビルばかり、冷たい雨。タクシーを降りた私たちはしばしボーゼン。
これがヘルシンキ最後のイメージになるんだろうか・・・

ヘルシンキ


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プロフィール

Author:長谷川たかこ

この国に住もう!と決めたのは13歳のとき。それが実現したのは10年以上経ってから、それから30年の月日が流れました(計算しないで!)
現在フレンチ・コード主宰。訳書多数、著書3冊。夫1人、子供2人、猫2匹と暮らす騒がしい毎日。映画と料理とデビッド・ボウイが趣味。


長谷川たかこ

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